十一章/策略者カリン

 

 

 

  


「ア・ディールトゥ!」
 この世界の古代魔術言語で広がってしまえと言いながら指先をツボに向ける。
 疲れてきた。
「追加だ。急げ」
 プラチナが容赦なくツボを増やす指示を出し、終わったものは兵士さんが運んでいく。
 それが延々と続いているのだ。
 簡易魔法は疲れないとは聞いたけど、この量は普通に広がれと言い続けても悲鳴を上げる。
「ア・ディールトゥ」
 もう義務的口調になってきた呪文を告げる。百個はやったんじゃないか、私。
「頑張ってカリンちゃん!」
「ファイトー」
 後ろから声援がなければへこたれている。
 有り難うアニスさんにマイン。ダズウィンさんは不思議そうに見ているし、アベルは冷たく眺めるだけ。
 フレイさんは微笑んで、シャイスさんは別の用を頼まれているのか居ない。
 誰も止めない。
 ああもう、いつまで続くか分からないけれど終わるまでやってやる。
「ア・ディールトゥ!」
 指先を突きつけてヤケクソになった思考で決意した。

 
 数刻か一刻かはよく分からない。
 でも、これで、最後!
「うう、ア・ディールトゥ!」
 ぜーぜー息を切らしながらも何とか言い切る。
 疲れた。喉痛い。ばたりと食堂のテーブルに身体を預ける。
 終わった。
「終了よ、凄いわカリンちゃん」
「良くやった。カリン」
 何する気なんだ、本当に。アニスさんの目は輝いてうるうるしてるし。
 プラチナは喜色を隠さず頷いている。ぼーっと見ていたダズウィンさんまで私を凝視してるし。
「流石カリンっ」
 とマインに至っては抱きついてくる有様。なんですかもう。
 ていうか人前で頬ずりしようとしないで下さい恥ずかしい!
 力一杯押し返して抵抗すると拗ねた顔になる。そんな顔しても駄目です。
「絶対全部失敗してますよ」
 息を整えて上司の顔を見る。
「失敗ではない、お前は見事に成功させた。
 簡易ではあるが転移魔法、しかも全て失敗することなく」
 にっこりと、本当に微笑むプラチナは年相応に見えた。
 その美しさに見とれ、同時に疑問がよぎる。
 転移魔法。
 …………ん?
 もしかして私は故意に失敗をさせられた。いや、基本下手だから違う。
 失敗こそ望まれていた≠フではないのだろうか。
 理由は。意味は。で、結果としてどうなる。
 疑問が確信に変わったとき、私の頭の中は沸騰するほどに高速回転していた。
 希望されていたのが転移魔法だとして。
 幾つも試された。結界の側では使えない転移。ツボの中と同じ物質量しか運べない――いや転移できないことも確認済み。
 全て無機物ばかりだったが、それは確かに交換転移としては成功した。
 大きなツボ、転移、入念な結界の検査、このアイディアの出された発言のタイミング。
 彼女が最も欲しがったもの。
 カチン、と何かがはまる音が聞こえる気がした。
「鉄球、ですか?」
 続々と壁から運び出されるツボを見てもう確信ではなく、確認作業に移る。
「ああ。お前のおかげで全て回収出来た」
 喜ぶ上司を見ながらもう一つ違和感。先程火薬庫の準備と言ったのは何故か。
 普通に運び出すだけなら、火薬は必要ない。……もしかして。
「結界を解くように指示。のち、最終作業に入る。用意はどうだ」
「良いみたいね。行くわよ、カリンちゃんちょっと椅子から降りてしゃがんで!」
 まさかまさかまさかとは思いますが。そのまさかなのか!
 心で絶叫し、慌てて椅子から降りて頭を伏せ、耳を覆った。これから来るであろう衝撃と轟音に備えて。
 ドン、と花火が打ち鳴らされる。なんて生やさしく可愛い音ではなかった。
 近すぎて、音かどうかも分からない。
 全てをかき消し、鼓膜を破きかねない衝撃が周囲を数拍支配して。城が大きく数度揺れた。
 身体を起こす全員の姿を確認して指を離し、青ざめる。寒気が足下から登る。
 やってしまった。
 狂喜乱舞しそうな周りの様子で理解し、更に血の気が引く。
 彼らではなく、私がやってしまった。尋常ではない事を。
「良くやったな。これでかなりの損害を魔物達は受ける」
 掛けられた声に頷けない。

 ――瞬間移動でひょいっと爆弾と交換出来たら楽ですけど。

 それは場を和ませる適当な冗談のつもりだった。だけど、私は出来る力があったのだ。
 ほんの僅かな可能性でも見過ごす事は許されない。失敗だからと気にも留めていなかったのがいけなかった。
 ツボを拡張するだけの魔法は難しくはない。では、転移は。難しすぎて扱える人間が居ない。
 でも、私は簡単な魔法を失敗する事でそれを実現した。詠唱を変えるだけで確率は更に高まり。
 容器に入れるという作業が必要だが、まさしく完璧に同物質量の転移が出来るようになっていた。
 側にあるものが同じ重量に近ければ近いほど。成功率も転移の可能性も上がる事も確認済み。
 魔法が苦手であり得ない失敗をする。
 間違えれば物が移動する。反転すれば。私は……転移の魔法が使える人間だった。
 ただ、プラチナはそれを使って私の言葉通りの事をしたに過ぎない。
 結界の側では使えない。計算すれば結界を張り巡らせて好きな場所の物が交換可能。質量も同じにすれば完璧に。
 交換した後軽くでも遠くから結界を張ってしまえばその物質が転移される事はない。計算さえ間違えなければ好きな物を取り放題。
 鉄の塊を爆弾に。鉄は確保、そして一斉に点火する。
 そうすれば、どうなるか。
 私、もの凄い事やってしまったんじゃないか。
 絶対に回収不可能だと思われた鉄を回収し、敵に手痛いダメージを負わせる。
 壊滅的とも言えるほどに、そしたら私の立場はどうなる。
 やばい。とても危険だ。
 アベル倒したときより危なくなっている。
 魔法が失敗でも効果は大魔術。正真正銘、今度こそ私の力。偶然ではない。必然だ。
「やはりお前は優れた勇者候補だな。私が初めて見たときに言った言葉は、忘れてくれ」
 はしゃぎ抱きつき合うマインとアニスさんの姿とプラチナの柔らかな声音に。
 ただただ、がく然とするしかなかった。
 私はまた、自分で自分を追いつめてしまったのだ。勇者候補という名の崖に。

 

 

 

 

 

 

 

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