十一章/策略者カリン

 

 

 

  


 幾つか説明を受け、今までの戦果と方法を聞いて。
 込み上げてきたのは感嘆でも称賛の言葉でもなく疲れと呆れが混ざった言葉だった。
「なにやってんですか。負けますよそりゃ」
 頭痛がする。ああ、なんて非常識なんだろうと。
「えぇぇっ。なんで!?」
 驚き立ち上がるマイン。
「まず、勇者候補と普通の兵士の体力を比べては駄目です。無いです、三日連続不眠不休で移動とかホントあり得ません」
 この人達はほんっとうに加減というものを知らない。幾ら鍛えた兵士とは言え、生身の人間だ。
 勇者候補もそうだけど基礎体力からして違う。我が身を持って確認済みだ。
 重そうな装備で武器を持ち、更に質素な食事でお腹減らしながら険しい山道を登って絶望的な大群に立ち向かう。
 馬車も使えないから重い荷物を運んで三日三晩歩いてお休みゼロ。疲れ最高潮、士気底辺。
 負けて当然だと思います。
「軟弱な」
「皆さんに比べれば人類全て軟弱です。あと、こまめに休憩入れて、夜中は休ませるのも忘れない事です」
 呆れたようなプラチナの台詞を一蹴する。もう天を仰ぎたい。
 あー。初歩的な事以前に人間として当たり前の感覚を説明するのに溜息が漏れる。
「頑張れば起きれるよ?」
「疲れさせてどうするんですか。戦うときには万全なのが普通でしょう。お腹減らした上に疲れ切ってれば勝てるものも勝てません!」
 不思議そうに首を傾けるマインにびしりと言い切った。
「う。ちょっとくらい頑張れば」
「並の人間には限界≠チてものが存在するんですよ。自分たちがどれだけ非常識なのか理解くらいして下さい!」
 もう、私の台詞は悲鳴みたいになってきている。底なしの体力と比べられれば並の人間なんて雀の涙だろうけど、ちょっとこのスケジュールの組み立てはあんまりすぎる。
 訓練を続けている私でもへばる自信がある。
「うう、カリン怖い」
「はー……食事も出来るだけ食べさせて下さい。お願いですからきっちり三食はさせるように」
「何故だ。そんな好待遇」
「戦う前はせめてごちそう食べさせるのが送り出す人の心得です! やる気が違うんですよやる気が」
 勿体ないと言い出しそうなプラチナを睨み付ける。怯む彼女。いつもと立場が逆転している。
 だけどこれは切実な問題だ。譲れない。
 大方の勇者候補は生き残れる自信がある。でも普通の兵士にとっては違う。
 魔物の居る場所なんて死地だ。なのに最後の晩餐がふかしたイモと豆のスープ一食なんて絶望が増すだけ。
 食事の頻度やランクで体力的にもずいぶん違いが出る。私だって美味しいもの食べた方が力が出る気がするんだから、みんなそうに違いない。
 アベルだってご飯に釣られるくらいは飢えている訳だし。
「これは基礎的な問題なんです。もう基本的にルールとして組み込んで下さい。夜や昼の見張りは交代制で」
 交代しないと身が持たない。一昼夜起きっぱなしなんて言語道断。
「う、……財源的な問題が気にはなるが善処はしよう」
 腰の引けているプラチナが渋々頷く。
「勇者候補の人も出来る限り体力を温存させるように。幾ら強くても疲れては動けなくなります」
「う。そう言われると否定しにくいんだけど」
 口に何か詰められたような声をマインが上げる。身に覚えでもあるらしい。
「後、頃合いを見て撤退をして兵力確保。全滅させる心意気は買いますが、深追いは絶対に駄目です」
 忠告しつつイライラしてきた。初歩の前に基本だろうコレ。
「なんでー」
 ふて腐れるマインを睨み、渡された配置図と魔物の数、国の兵力をつきつけた。
「あっちとこちらの兵力差をよく見てみる! 囲まれたら即座に全滅ですよ!?」
「ううううっ。ごめんなさい」
 涙目ですが許しません。人の命は重いんですよ。
 現在国は超劣勢。存亡どころか世界規模の空前の危機。言うまでもなく、兵力差はこちらが少ない。絶望するくらいに。
 なのに進撃? 追いつめる? 駄目、無理、無茶。人間相手でないのなら尚更適度に引いて体力温存を図るべきだ。
「と基本的な問題はこんな感じです」
「なんか全部叱られた気がする」
 口を尖らせるマインを思いっきり冷たく眺める。
「だから。根底から間違ってるんですってば!」
 机を両手で苛立ち紛れに叩くと思ったより大きな音が立つ。
「ごっ、ごめんなさい」
「も、申し訳なかった」
 何故かプラチナとマインから頭を下げられた。
 勇者候補って、つくづく非常識である。口元に手を当て誤魔化してはいるが、後ろでフレイさんが肩を震わせ笑いを堪えているのが分かる。
 アベルに至っては私の剣幕に驚いているのか口も開かない。
 もういい、私が一般意見ちゃんと入れるから! 今度兵法書をちゃんと読もう。
 考えながらいかに兵を疲れさせないで進めるかを考えた。というか、この国って参謀とか居ないのかな、もしかして。
 頼みのプラチナですらこうだし。はあと大きく息を吐くとマインとプラチナが脅えたように私を見た。


 世界地図に指を置き、とんとんと叩く。
「先程の事を反省として、それを踏まえて作戦練り直し!」
「むう、しかし並の人間をアテにする訳には」
「だから、自軍の戦力把握くらいして下さい。勇者候補は強いですけど、そりゃ千人かかっても倒せませんけど」
 いちいち告げなければならない事と、自覚を促す為とはいえ言いきらなければいけない事に胃が痛くなり、一呼吸置く。
「――千人以上の軍団か、百匹の魔物に囲まれれば負けます」
「う」
 痛いところをつかれてか、プラチナ、マインの顔が引きつる。
 そう、勇者候補が強いのは知っている。だけど無敵ではないのは死者名簿がある事から明らか。
「魔物もそうです。主力は勇者候補で構いませんが脇のフォローとして並の人間。兵士達を使うべきです。
 前連れて行かれたときちゃんと見ていましたから分かりますけど、勇者候補は強いは強いのですが一瞬で全方位壊滅出来ませんよね」
「そう、だな」
「取りこぼしや仕留め残しますよね?」
「そう……だね」
 プラチナが口ごもり、マインの目が泳ぐ。
「更にうっかり止め刺し忘れている敵に後ろから殺され掛けたりしたりしますよね」
『…………』
 追及に、皆がもう言葉もありませんと言った感じで黙る。
「つまり、勇者候補が大戦力でも人間ですから弱点はあると言う事です。
 注意して悪い事は何一つとしてありません。
 人は間違える生き物ですから、考え尽くして不利になる事もあまりありません」
 やりすぎてドツボにはまらない限りそうだとも言えるし、策士策に溺れるかも知れない。
 だが、今の状態よりは良くなるはず。
「強いのは重々承知の上です。だけど……過信は、禁物です」
 そう言って、溜息と共にもう必要ないであろう兵力の資料を畳んで脇に置いた。
 過信は隙を生み、容易く殺される切っ掛けになる。それは、私がよく使う手だから。
 その危険性を嫌になるほど理解している。鼠は猫を噛み殺せる。
 強くない私が生き残っているのがその証拠。
 裏を返せば私より強い兵が、上手くそれを利用すればその鼠になる事も出来るだろう。
 今まで超劣勢なら、窮鼠猫を噛むなんて考えもしない魔物達。大胆な攻勢を考えなかった勇者候補。
 確かに奇策か。
 なら、徹底的にその奇策――練り上げてやろうじゃないか。
 魔物の海におぼれかけたこの国を僅かにでも浮かせる。
 地図を眺めてもう一度私は魔物達の能力の情報を整理して、少しだけ笑った。
 戦うのは苦手だけど、(から)め手は得意。まさかこんな所で使うとは思わなかったけど。役に立てればそれで良い。
 一言も発することなく地図に目を落とした私を少しだけ不思議そうに全員が見つめていた。


 

 

 

 

 

 

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