勇者候補とはいえど、休みは必要である。
自由とまでは言えないけれど、暇になる事もあるらしい。
数日前死にかけた身としては連日戦いに明け暮れる事がないのは喜ばしい限りだった。
この世界に呼ばれて総合ではや数ヶ月。私はようやくこの世界に馴染んできた。
異世界に限っての話だけれど、何とか人との会話での常識が飲み込めてきたみたいだ。
浮く酒樽も見慣れたし、道行く人々の中に巨人が混じっていても悲鳴も上がらなくなった。すれ違ったらちゃんと挨拶もするし、相手もきちんと返してくれる。
破壊の爪痕は生々しく残っているが、大小の人が行き交うごくごく平和な町並み。
……慣れとは恐ろしい。
この世界で生活すると、秒単位で元の世界での常識的思考が次々と叩き壊されていくのが分かる。
「何時も悪いね」
少しふくよかなおばさんが、自分の腰に手を当てて申し訳なさそうに笑う。
「いいえ。これも私の仕事ですから」
一応勇者候補ではなく、小間使いという事になっているので、私は召使いらしい言葉を返す。笑顔も忘れずにトッピング。
行きつけの道具屋さん。ちなみにシャイスさんも私の隣に佇んでいる。
手伝ってはくれないらしい。まあ、使う方が荷物を持ったら変だしなぁ。口元につけたベールはまだ慣れない。
毎回思うけれど、肩にずっしり来る。おばさんが腰を始終痛そうに押さえているのが何となく分かる。骨、歪んだりしないと良いけど。
若い身空で歪んだ躰って嫌だなぁ。
それを言うなら若い身空で間違ってこの場所に呼び出されるのも嫌って言えば嫌なんだけれど。隣に居るシャイスさんを見る。
無言のまま視線を向けて両肩を縮め、隅の方で比喩で無しに小さくなる。
自分が手ぶらなのを申し訳ないとは思っているらしい。
「カリンちゃんは良く我慢できるね。あたしだったらこんな男に荷物持ちなんて我慢できないよ。ねぇ」
「え、あはは。いえ、仕事ですし」
「こんな男」
同意を求められても笑うしかない。隣では更に縮んでる人が居るし。城の外でもこの扱いなんだから、可哀想というか悲劇というか。
私の方も別に我慢は、していないと言えば嘘になるけれど、こういう外出は楽しいのでちょっと位重くったって気にはならない。
そう。ちょっと位なら。
「あの。相変わらず重い、ですね。これ。どの位入れてあるんですか」
思わず聞く。弱音、ではなく荷物は鉛の塊みたいな重量だった。
彼女も考えてくれているのか、私の腕に収まる大きさの箱一つだけ。なのに、重い。
ものすっごく重い。米俵三袋位の重さというか、軽く三十キロ超えてるんじゃないんだろうか、この箱。
スパルタ訓練を受けていなければ重みだけで転んでしまうところだ。
「そうだね。塩が五袋入ってるよ」
「塩ってアレですか」
それらしき物が入っていそうなずだ袋を指す。
いやでも、無理でしょう。絶対。
「そう。アレだね」
私の常識をまたしても覆す無情な肯定。
……どう考えても、無理矢理詰め込んだところで二袋しか入らない気がするんですが。
実はこの箱、人が入れるほどの空間が存在してて、他のツボも私が思っているより深くてとても広大な穴が広がって居るんだろうか。
「そっちのシャイスさん、魔術がちょこっと使えるだろ」
「え、ええ」
確かに彼は『ちょっとした』ものなら使えるって言ってた気もする。
……炎は言葉には出来ない感じだったけれど、小物に掛ける魔法とかは得意なのかも知れない。
私が見た彼の魔法は生活向けのものしかない。蝋燭に火をつけるとか、ランプに明かりを灯すとか。
「こっそり箱に細工して貰ってね。倍量位入るようにして貰ったワケさ」
「えっ。そうなんですか!?」
よかった。異常現象じゃなかったんだ。私の世界では魔法とか物理的に無理な空間操作が既に異常だ、と言われればそれまでなんだけれど、まあこれがこの世の普通なんだから、仕方ない。それに、何もしていないのに大量に入る箱、っていうものがあちこちに存在していたら私の微かな常識の居場所がまた減ってしまう。
「でも、凄いじゃないですか。こんな事出来たんですね」
「いやぁ。あははは」
本当は拍手、とかあげたかった。けれど無理だったので軽く箱が動くだけ。それでも嬉しかったのか彼は照れてるみたいな笑い声を上げた。
何故かおばさんが冷たい眼差しをシャイスさんに注いだ後、私を向く。
「カリンちゃん。重いだろ」
「おもいですね」
長話のせいで指先が痺れ始めている。
それも原因で思わず素直に答えた。
「倍量はいることは入るんだけどね、物の重さは変わらないんだよ」
「え、と言うことは入れすぎたら持てませんね」
そっか。それでこんなに重いんだ。確かに五袋って結構あるよね。
「持てないね」
「力がないと沢山入れられないですね」
「そうだねぇ。シャイスさんがもうちょっと魔法が上手かったらね。
頼んだ手前言いにくいけれど、こうへっぽこじゃ不便で困るよ」
言ってますよ、大声で。しかも『へっぽこ』って。
「いやぁ。アハハハハ」
やっぱり聞こえてたらしく、シャイスさんの顔が引きつっていた。
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