封印せしモノ-4





「ったく、何なのよ今度は……うぉわ!?」
 口の中でぶすりと文句を呟きつつ、振り向き、瞳に映る光景に絶句する。 
 後ろには、先ほどと同じく魔物が居た。 
いや、それだけではここまで驚かなかっただろう。 
 一匹や二匹ではない。
 魔物の数は、少女の予想をはるかに超えていた。優に十匹はいるだろう。
 平和なカルネには珍しい、どころではない。異常だ。 
 森に迷い込む魔物がいたとしても数匹程。それも年に一、二度あるかないか位。
「予想してしかるべきなのよ。そうよそうしてしかるべき……」
 自分を落ち着けるため、小さく呟き状況を確認する。
 先ほどの男達が魔物に睨まれ、立ちすくんでいた。
 勇敢な者は果敢にも斧で斬りかかってはいたが、戦闘慣れしていないせいか、恐怖によるモノか、目標を定めきれず刃がふらふらと動いている。
 それどころか勢いよく振り下ろされた斧は魔物から外れ、刃の部分が根本近くまで地面に食い込む。酷い者は汗で滑ったのか、指先から柄がすっぽ抜け、斧があらぬ方向へ飛んでいく。斧は樹の幹に刺さり、幸いな事に死傷者は出なかった。
 男達はおたおたとうろつき回り、武器を取り敢えず引っこ抜こうと悪戦苦闘している。
 その姿は隙だらけで、一発懐に攻撃を受ければ命はない。
 魔物の方はといえば、呆れているのかまだ攻撃する気も起きないようだ。 
(情けな……)
脱力感に見舞われつつ、背筋を伸ばす。
 魔物も今は攻撃する気が起きていないようだが、いつ気が変わるか分からない。
 距離や間合いを見ても、今から駆け寄っては間に合わないだろう。
 下手に刺激すれば、興奮し暴れる可能性が高い。
 指先をゆっくりと伸ばし、
「母なる大地 たゆたう風よ 岩より鋭き力  風より速く駆ける力 我が力に」
 魔物の様子を眺めながら、祈るような気持ちで詠唱を唱え始める。
 今唱えているのは、脚力と腕力を飛躍的に上昇させる呪文。
 クルト自身が術に手を加えたせいか、腕力と脚力を上げるだけのはずが妙な副作用を引き起こし、術者を包むように風の結界が発生する。
 おかげで、ある程度の打撃には無傷でいることが出来る。が、使い勝手の良い反面、詠唱が長過ぎるのが欠点といえば欠点だ。
 詠唱中攻撃の手が振り下ろされないか、こちらに気が付かないか、それは一種の賭だった。
 詠唱の声が聞きつけられるかもしれない。地を踏みしめた音に反応するかもしれない。
 それとも、気が付かないかもしれない。
 全ては可能性。
 何時男の首が宙を舞ってもおかしくない状況。だが、少女は詠唱を止めない。
 止めたらその僅かな可能性が、更に狭まってしまう事を知って居るからだ。
 ゆったりと指先を動かし、詠唱を続ける。
「我が願うは幽玄(ゆうげん)なる力 全ての母なりし力よ」
 練られた魔力が、腕や足に柔らかに絡み付く。
 ぴくり、と魔物の身体が震えた。
(気がつかれた?)
 魔力の高まりに応じるように、魔物の辺りを見回すような動作が増えていく。
 気が付かれるのは時間の問題か。
 ―――間に、合え!
 指先を跳ね上げ、魔力を高めていく。
「我の求めに応じ 其(そ)の大いなる力を示せ」
 魔物の濁った瞳が、こちらに向けられた。
『ガアァァァァッ』
 怒りの咆吼に、空気が震える。
 気が付かれた。そう考える間も無く、身体は飛び跳ねるように魔物へと向かう。
 後、一句。
「破腕脚」
 ゆっくりと、硬い毛に覆われた前足が、男の胸に向けられる。
 恐らく一瞬の出来事だが、少女の瞳にはその瞬間がはっきりと見えた。
 抉るように爪を突き出し、胸板に押し当て―――
「させるかぁっ!」
叫びざまに飛び込み、魔物の伸びた腕を蹴り上げつつ、掌底を顔面に叩き込む。
 重量を感じさせない程勢いよく吹き飛び、魔物は近くにあった幹に身体を打ち付け崩れ落ちた。 
 もはや倒れて動かない魔物に指をつきつけ、
「あたしの目の前で血みどろ惨殺シーンなんて許さないわよ! 魔物とはいえ、乙女に対して気遣いってもの無いの!?」
空いた手を腰に当て、言い放つ。
その言葉に挑発されたわけでもないだろうが、魔物の視線が少女に集中した。
 いきり立ち、襲いかかってくる黒い塊。
(そうそう。それで良いの。うん、だから単細胞って好きよ)
 心の中で頷きつつ、魔物の向こうを見る。少女の方に集中し、男達の方に魔物は居ない。
 これならしばらくは大丈夫だろう。
 短期決戦、そんな言葉が頭をよぎる。
 目の前を爪が行き、過ぎる。
「ほらほら。こっちこっち」 
肩口に噛み付き掛かった鋭い牙を軽くかわし、あごを蹴り上げる。
『グギャァ!?』
 ごきりと鈍い音が鳴り響く。襲いかかってきた魔物は濁った悲鳴を上げて仰け反るように転倒した。
 一匹では無理と判断したか、今度は二匹同時に少女を挟み込むように飛びかかって来た。
 クルトは小さくかけ声を上げ、
「ほい」   
軽く地を蹴って、魔物の頭上に飛び上がり、
「せぇの!」
大きく腕を広げ、まるで子猫を掴むように二匹の魔物の首根っこを持ち、振り子の要領で力一杯打ち合わせる。
 ぐしゃりと嫌な音が響く。
 手の平を放すと、二匹は互いの顔面をくっつけたまま、ぼとりと地に落ちた。
 怯んだように周りの魔物が後退る。
 その隙を逃さず、クルトは地に降りざま頭を踏みつけ、肩に肘を打ち込み、近くにいた二匹を叩き伏せる。
 少女は先ほどの動きで乱れた髪を整え、
「さ。次は誰がお相手してくれるのかしら?」
 口元に薄く笑みを浮かべ、悠然と腕を組む。
先ほどの光景を思い出したのか、不用意に飛び込もうとする魔物は居ない。
 間合いのギリギリの場所で様子をうかがっている。
(これなら大丈夫そうね)
 そう時間は経っていないが、魔物の数は半数程になっている。この調子でいけば直ぐに全ての魔物を片づけられるだろう。
手際の良さは、少女の魔力の強さもさることながら、実戦経験に寄るところが大きい。
あまり認めたくはないが、前にチェリオと戦った経験や、試験での経験が大いに役立っているようだ。
「さて、と。もう少しで終わり」
乙女として戦闘経験あること自体が色々問題があるんじゃないか、等の疑問はこの際思考から放り出し、構えを取った。
 魔物も緊張したように唸り、
「こ、こっちにも出たぁっ!?」
 悲鳴が鼓膜に突き刺さる。
「ちょっ、嘘!?」
(こっち片づいてないのに!)
視界をこらすと、こちらほどではないものの、数匹の魔物が男達を取り囲んでいる。
「まずいわね……手が回らない」
 こめかみを軽く押さえ、呻く。
 突破して行くにもこの状態では時間が掛かりすぎる。
(何か対策は。えっと、対策は)
 唸る少女を見て、好機と取ったか、魔物達が一斉に飛びかかってくる。
 凶悪な唸り声を上げる顎を拳で薙ぎ、
「寄るな。今考えてるのよ、邪魔。前足退けて!」
 襲い来る爪をはたき落とし、考え込もうとするが没頭する暇も与えて貰えない。
「うううう。ああもう、石投げるくらいしか思いつかない!」
 ぐるぐる回る思考に悲鳴を上げながら、勢いよく突進してきた魔物を避けざまに捕らえ、目の前の魔物に向かって投げ放つ。
 重い手応えとともに二匹が戦線離脱した。
「よし、今からダッシュで行けば―――」
 くい、と背が押される感触に反射的に前へ飛ぶ。
 白い牙は少女の身体を抉り損ない、虚しく宙を噛む。
「うあ馬鹿寄んないでよ、これじゃ間に合わないじゃないのーーー!」
 恐怖、では無く焦りにわななき、ヤケ気味に魔物に平手を見舞う。
すんでの所でかわされ、手の平が空を切った。
「避けないでーーーホント時間がない。って、うわやば」
 小さく上がった恐怖の呻きに視線を移す。魔物に囲まれて居るどころか、男の一人に魔物が乗り上げ噛み付こうとしていた。

 




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