ぶわ、と朱のマントを翻し、
「よおし、これで解散、だな」
スレイは嬉しそうに胸を張った。
彼の髪やマントの隙間に挟まっていた砂が舞い上がり、周りが迷惑そうな顔になる。
「いえ。まだよ」
手の甲で口に入りそうになった砂塵を防ぎ、冷たくカミラが否定した。
瞳はかばいきれなかったのか、微かに目が潤んでいる。
少し不機嫌そうなのはそのせいだろう。
「え!? だって完成だろ。魔物も消えたし」
「そうね、悪意ある魔物は消えた。でも」
黒衣に付いた埃を静かに払い落としつつも、帽子は外さない。
カミラの返答にスレイは一瞬訝しげな顔をし、
「…………うぁー」
奥歯に砂を噛んだときのような顔で眉を寄せた。
「あ。そっか。悪意、は大抵意識がないと持ちようがないから、死骸は消えないんだ」
スレイの心の叫びのかわりに、ルフィがぽんと掌を打ち合わせ、感心したように首を傾ける。
「そう言う事よ。この森に散らばった骸全てをここに集めて」
「は?」
静かなカミラの言葉に、痛みと疲れで反応がワンテンポずれたクルト以外。ほぼ全員が一斉に呻いた。目眩と頭痛を抑えるように少女は軽く額に手を当て、
「あの、先輩。死体集めて何す……いや、聞くだけヤボですね」
尋ねようと口を開いて思い直す。
「…………」
僅かにカミラが残念そうに眉を寄せた。
幼なじみの少女の配慮にも気が付かず、
「死体なんて何に使うんだよカミラ先輩」
スレイが真正面から素直に尋ねる。
(ば、馬鹿スレイ!!)
心の中でなじってみるがもう遅い。カミラの瞳に怪しげな煌めきが増す。
そこでようやく触れてはいけない部分に触れたと気が付いたか、スレイの口元が引きつった。彼が止める間もなく、カミラの唇から朗々とした言葉が紡がれる。
「良い質問。魔物の血や骨、内臓、眼球に至るまで。
ほぼ全ての部位に宿る魔力、満ちた命と力。
格好の生け贄、更には―――」
宝石を眺めてでもいるような陶然とした口調。
相反する話の中身に神経の太い少年も流石に応えたか、
「いや、スイマセン、モウイイデス。
オレが悪かったですからその先は言わないで下さい」
ぶんぶんぶん、と首と両手を振り慌てて続きを留めた。
「そう。残念」
本当に残念そうにカミラは小さく嘆息した。
生々しい話のせいか、場に妙な空白が流れる。
「そう言うわけだから、欠片も残さずにここに持ってきて。専用の空間に仕舞うから跡も残らないわ」
全部使う気か、とスレイの口を突きかけたが、多分使うんだろう。
「は、はい」
ぎこちなく頷いて黒髪の少年は引きつった笑みを浮かべた。
チェリオが栗色の双眸を細め、
「俺は生徒護衛のために来ているだけだから、別に手伝う必要は」
「そう。バサバサ斬り捨てた割に……後始末も出来ない人なの」
深い溜息混じりの台詞に、風に混じる静かなつぶやき。流石に聞きとがめ、青年が停止する。
「…………」
「やらなくても良いわ。その代わり、しばらく不幸が続くかもしれな――」
なおも言葉を続け、カミラが懐からごそごそとなにやら取り出そうとする。
「ちっ、やれば良いんだろう」
「素直な人は嫌いではないわ」
呪われてはたまらない。吐き捨てるチェリオに呪術師の少女は薄い笑みを口元に浮かべた。反論する気も起きないのか、反論するのが怖いのか。小さく唇を動かして、言葉を飲み込むと青年は白いマントを翻し、茂みの奥へ消えていった。
「あっ、あの……僕、ちゃんとやりますけど。クルトの側に付いてて、いいですか?」
掛かった声にカミラは振り向く。視線の先に、へたりこむ幼なじみを支え、不安げに見つめる空色の瞳。クルトは余程目眩が酷いのか、何も言わない。
「……良いわ。お好きにどうぞ」
しばらく考えるように瞳を伏せた後、艶やかな黒髪を揺らし、コクリと頷いた。
「ね、ルフィ」
暖かな闇の中、微睡みに抵抗しながら、クルトは口を開く。
「ん? なぁに。具合、悪い?」
砂糖菓子に似た、甘く、優しい問いかけ。
触れれば溶けてしまいそうなほど、柔らかな微笑み。
「……魔物って、何処から何処までを魔物って言うのかな」
向けられた笑みに一旦言葉を切った後、宙を見上げる。
「どういう事?」
不思議そうに瞬く、薄い闇に浮かぶ空。
透かすように自分の手の平を見つめ、少女は力なく笑った。
「……全部の魔物と話して和解……出来ると、いいなって。思っただけ。
そしたら、きっとこんなの要らないから」
「そうだね。クルトなら多分出来るよ」
出来上がったばかりの、彼女の体力と魔力を絞り出して作った結界。それを「こんなの」と言い捨てた。その事は咎めずに、ルフィは同意した。
「そう、かな。あたしはね……無理だと思うから。言ってるのかもしれないわ。
無理だから、言うの。誰かがしてくれるといいなって、他力本願。ずるいでしょ」
苦笑気味に言葉を吐き出し、頭の後ろで腕を組む。まるで、おちゃらけるように。
「…………そっか。でもね」
「ん?」
「たまには、そう言うのも良いと思うよ?」
静かに告げられる言葉。紫の瞳を見開き、黙した後。
「…………ありがと」
作業を続ける幼なじみの肩に、ぽす、と頭を傾け。瞳を閉じる。
「ううん。お疲れ様」
ルフィは少女をしばらく見つめ、口元に柔らかい笑みを浮かべた。
本当に、出来ると良いのにね。言いかけた言葉を飲み込んで。
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