緊張のためだろうか、いつの間にか息を止めていた。口内に溜まった空気と共に、ごくりと唾液を飲み込む。
「すっごいですね先輩。この陣大きい」
クルトは仰け反るような格好で引いて周りを眺めた後、大きく腕を振り回した。
子供のようなはしゃぎ声を上げる少女を横目で微笑ましそうに眺め、
「うわぁ。僕こんな綺麗な陣初めて見た」
ルフィは空色の瞳を瞬かせ、溜息を漏らした。
土を抉り描かれた陣は、丁寧に編み込まれた織物の模様を思い起こさせる。
独特の線が繋ががれた文字と、線と曲線が組み合わさった模様。それらが合わさり、どこか様式美めいたものすら漂わせていた。レムの描いた魔法文字と、カミラの描いた陣は決して完全には交わらないとでも言いたげにそれぞれが薄く燐光を発していた。
煌めく二つの輝きは一瞬たりとも同色にはならない。光り輝く二つの色がそれぞれの個を訴えている。不協和音の不思議な輝き。
「なかなか規模が大きいな」
瞬く光を見つめながら眩しげに瞳をすぼめ、同意するように青年も頷く。
「入、るのか。コレに」
口々に感嘆の声を上げていたが、スレイの漏らした一言に、全員が沈黙した。
更に膝をつき、
「いや、改めて見るとマズイんじゃねーか。これ」
まじまじと陣の規模を確認しながら顔をしかめる。少女は大きく肩を怒らせ、紫水晶のツインテールを跳ね上げてキッと少年を見、
「な、なによ。た、確かにあたしとスレイが作った陣より倍……より、ちょっと越える程度だけど! 怖じ気づくんじゃないわよ。男でしょうが!!」
言う声が僅かにドモっている。チェリオは二人の言い合いを眺めつつ、
「あー、と。俺の記憶違いじゃなかったら、魔力を吸われる量は全てが全てとは言わんが陣の大きさに依存する傾向がなかったか?」
腕組んで、記憶を思い起こすように栗色の瞳を細めた。
広がる陣を前に、先ほどから沈黙を守っていたレムが耳に入った台詞に静かに顔を向ける。疲れの混じった眼差しで青年を見た後、肩に掛かった尻尾髪を手の甲で弾き、
「……正解、だよ」
喉に詰まった固まりを吐き出すように答える。
少女は珍しくまともな知識を披露する青年に視線を向け、
「要らないところで常識を」
小さく舌打ちし、紫の瞳を細めた。唸る少女の視界に祈るように両手を組み合わせ、瞳を潤ませた幼なじみの顔が映り込む。
「あ、あの。クルト……流石にこの大きさだと危ないんじゃ」
泣き出しそうな程動揺しきった幼なじみを見てクルトは困ったように眉を寄せ、
「平気よ。平気ったら平気! 覚悟も決めたしここまでやってるんだから後には引けない。 と言うより、もう引ける余裕もないわ」
片手を気軽に振って、不安を吹き飛ばすように小さく笑った。茜色の大気は徐々に藍が混じり、紫がかってきている。
「う……でもさ。これ下手すりゃ命に関わるだろ」
「へーきだもの。あたしの魔力を信じなさい。というか信じろ」
余計なことを付け足すスレイを小さく睨み、ドン、と自分の胸を叩く。
「お前な」
強引かつ前向きすぎる少女の意見に頭痛がし始めたか、スレイが半眼になって呻いた。
側で傍観していたチェリオが不意にポン、と手を打ち、
「成る程。村のために命を捧げる覚悟で」
見上げた覚悟だ。とばかりの視線。
ずばん、鈍い音を立てて肘が青年の顔面に突き刺さる。
顔を押さえて悶えるチェリオに険悪な視線を注ぎ、
「違うわ! 魔力提供だ、け、よ! 大体、あたしは高いのよ。高すぎて結界一つじゃ払えないのよ!
終わったら沢山食べて、心ゆくまで熟睡する気満々なんだから、不吉なこと言わないでよ、もうっ」
腰に手を当てぷい、とそっぽを向く。
「では、陣の中央に。そして最後の質問にはいるわ」
拳を交えた二人の会話に動じず、カミラは箒の柄を陣へ向け、少女を見た。
クルトは慌てて姿勢を正し、
「質問ならここで……」
「結界の中でしないと意味がないの。普通の質問ではないから」
首を傾け尋ねる言葉にカミラはゆっくり頭を振り、答える。
「あ、はい。分かりました。じゃ、行くね」
呪術師の少女が告げたよく分からない台詞にクルトは僅かに眉を寄せていたが、真っ直ぐカミラを見て頷き、陣の方へ一歩歩み出した。その袖が引っ張られる。
「あ、あの。クルト」
ルフィが迷子になった子供のように不安げな瞳で、少女のブラウスの袖を握りしめている。喉元まで出てきた気持ちが上手く言葉にならないのか、声にならない声でしきりに言葉を紡ごうとする。
「なに……って」
尋ね掛け、泣き出しそうな眼差しに口をつぐむ。彼が言おうとしている言葉は大体察しが付く。聞くだけ残酷だろう。笑みを浮かべ、自分より少しだけ高いところにある空色の髪をグニグニかき回し、
「あはは。やだなールフィ。そんな顔しないの。すぐ終わるから。
スレイもその顔、後で弟に言いつけるわよ」
パチンとルフィの額を軽く爪先で弾き、涙目にはなっていないものの、同じように深刻な顔をしているもう一人の幼なじみに指を突きつけた。弾かれた額を掌で押さえ、
「う、うん。危なくなったらすぐに出てね。お願いだから、ね」
不安は少女の明るさでもぬぐえないのか、心配そうに瞳を揺らした。
「何年経ってもその減らず口はかわらねーのなお前」
ルフィとは違いスレイは、肩をすくめていつものように口を尖らせる。普段のやり取りと同じように片手を面倒そうに振り、
「はいはい。全く心配性ばっかり。ありがと、絶対絶対完成させてみせるわよ」
ウィンクをして力こぶを作る仕草で腕を折り曲げ、力強く頷いた。
力一杯気合いの入った台詞を吐き出す幼なじみを見ながら、ルフィは口の中でもごもごと言葉を転がしつつ、
「完成より……」
上目遣いに見つめる。なにやら言いたそうにパクパクと口を動かすルフィを遮るように、大げさとも思える動作で拳を形作り、胸元まで引き寄せて、
「で、絶対確実に陣から出てご飯食べて寝るのよ!」
紫の瞳を煌めかせ、断言した。
「……へ」
ルフィの目が点になる。
「は?」
連鎖するようにスレイの口ががぱりと大きく開いた。
「クルト・ランドゥールの名にかけて、ね」
両手を腰に添え、胸を張るように身体を反らせる。青年は組んだ腕を解かず、
「食い意地張ってる奴」
彫像のように佇んだままぽつりと零す。耳に入った聞き捨てならない台詞にクルトは口を尖らせ、目と目があって硬直する。
「健康的と言って欲しいわね。大体アンタは普通に声の一つも掛け――」
「死なん程度に適当にやれ。死なれたら後々校長にする報告が面倒だ」
青年は僅かに視線をずらし、投げやり気味にそう言ってふっと吐息を漏らした。
その様子にクルトは複雑そうに眉を寄せ、
「む……。適当、って辺りは考えとくわ」
(まあ、コイツなりの返答よね。うん)
数秒ほど唸った後こくんと頷いた。片手に古びた本を持ち、それをなぞるように見つめていたレムが不意に本から顔を上げ、少女を見た。
「あ、クルト」
「何よレムまで」
『心配性多すぎない?』と紡ぎ掛けた言葉がレムが静かに指した方に気を取られ、途切れた。指を向けた方角には完成している陣。
「危なくなったら余裕を持って陣から出て。陣の性能も上がっているけど、その代わり君達が作った時より吸い上げる力が相当強くなってるはずだから」
「うん。肝に銘じとく」
柔らかさのない声にしっかりと頷き、もう一度確認するように少女は地面に刻まれた魔法の陣に目を落とした。決意が揺れるのを防ぐためか、小さく深呼吸をし、
「えへへ。じゃ、行ってきまーす」
一転笑顔になると、軽く片腕を上げ、足を踏み出す。
刻まれた曲線が、描かれた魔術文字をもみ消さないようにするためか、慎重に足を上げ、地に付けた。だが、そんな少女の心配は杞憂に終わった。
地を踏みしめたはずの右足は何かに支えられたように、地面すんでの所で制止する。
つま先を付けた左足は踏み出た足の予想外の動きに着地地点を見失い掛け、ふらふらと動く。それ以上に状況を見失った少女の脳みそは一瞬完全に硬直した。
「あ、あわ……わ……わ……ひゃ!?」
身体を水平に保つことも忘れ、結果――
前方に思い切り倒れ込む。
固く目を瞑り衝撃を待つ。が、奇妙な感覚はあるものの、特に何も変わらない。
恐る恐る瞼を開き、そっと手を付いて顔を上げ……ようとして手をばたつかせる。
感覚がない。と言うよりも、宙づりにされているような気分。足すらついていないような錯覚に見舞われる。
(いや。まさかぁ)
クルトは心の中で軽く乾いた笑い声を上げ、下を見た。
影が見える。影が見えるのは良い。
普通では身体に隠れて見えない部分まで影の形がくっきりと見えているのはどうしてだろう。軋みそうなほど固まった身体を無理矢理動かし、目を足下に向ける。
鼓膜を撫でる風の音を聞きながら、そのまま凝固した後、
「あの、先輩。浮いてる」
現実逃避を諦め、危なっかしく立ち上がった。新緑色のマントが波打つ。
僅かに震える声が他人のようで何処か奇妙で違和感を感じた。感情自体、少女自身にも恐怖なのか驚愕なのか、それとも好奇心の極限による武者震いのようなものなのか、判断できなかった。
「そうね。浮いているわ」
酷く冷静な肯定。クルトは引きつった笑みを浮かべ、
「何で浮いてるの。前の時はこんなのなんて」
(あの時は確か、上からきつめの圧力が来ただけなのに)
尋ねる自分の方がおかしいのかと言う疑念にかられつつ、口を開く。
「魔力を吸収するための土台を形成する際にあなたの魔力との反発が…………」
そこまで呟いてしばしクルトを見、
「詳しく言うと日が暮れそう。浮くのは副産物のような物だから」
小さく溜息を吐き出して頭を振る。
「そ、そう。おおざっぱに説明ありがとうございます」
ゆらゆらと頼りなくその場で停止しながら、頷いた。
(副産物、かぁ)
めくれ上がるマントを掌で押さえ、口の中で呟いてすぐ側の地面を眺める。どういう原理かはよく分からないが、地面から少しだけ浮いたところで留まっている。靴裏が踏みしめているのは何もない空気。
軽く地面に向けて指先を押し込んでみるが、強い風で押されるような小さな反発を覚えた。
(強くないけど下から風が吹き上げてきてる……?)
そこで、先ほどから感じる奇妙な感覚が浮遊感だけではないことに気が付く。
身体全体を撫でるように風が始終上に向かい進んでいく。時折まとわりつく空気が違和感の元のようだった。
「そういやさっきから髪とかマントが風に」
空に向かって何度も跳ね上がる紫の髪を片手で押さえ、ふとあることに気が付いた。
「ねー。ルフィ」
「え。な、なに!? い、痛くなったとか? えっと。ぐ、具合が悪く!?」
いきなり声を掛けられ、オロオロと両腕を胸元に当て、錯乱状態間際のような声を発する。眺めている間に浮いたりしたものだから、色々と不安や何やらが蓄積されていって居るらしい。
「あ、いや。えっと、違うのよ。ちょっと聞きたいんだけど」
混乱が大暴走に変わる前にパタパタと手を振る。
「見えてないわよね」
ほっと胸をなで下ろす少年に真顔で一言。周りの空気が止まった。
しかし、ルフィは僅かに眉を寄せただけ。不思議そうに空色の瞳を瞬かせて見つめ返してくる。
「いやだからえっとー」
ストレートに聞くのもはばかられ、曖昧に言葉を濁しながら頬を掻く。
困り顔の少女を見てルフィはしばし眉を寄せ彼なりに考えたあげく、
「あっ。魔物ならまだ来てないよ。見えてない」
ぽん、と手を打って微笑んだ。真っ直ぐ素直な笑みが眩しい。
「いや、あの。そっちじゃなくて」
思わず気圧されそうになりながら、こういう時に遺憾なく発揮される幼なじみの鈍さを恨めしく思う。それとも些細なことを気にする自分の方がいけないのか。
「そっちって、どっち」
きょとん、と瞳を瞬いてルフィは更に首を傾けた。その内芝生に頭から潜り込んでしまいそうだ。そのやり取りを下らない、とでも言いたげにチェリオは眺め、軽く二度程ルフィの華奢な肩を叩くと口を開く。
「ギリギリ平気だ。と言うよりも、見えても誰も気にせんぞ」
言葉が終わる間際、びく、と青年の掌が大きく震える。掌に伝わった感触にチェリオが下を見るとルフィが身体を強張らせていた。
「今更、聞かれてもさぁ」
同意するスレイ。黒い瞳は呆れたように半眼になっている。
「あ、そっか。まだ平気なんだ」
二人から放たれた関心の無い、突き放した台詞に少女は頭を掻き、あははと笑う。その場に乾いた笑い声がしばらく響き、そして前触れ無くぴたりと制止した。
落ちる静寂。少女の笑みは変わらない。二人にちら、と小さく視線を投げた後、
「それはともかく。見たら殺ス。チェリオとスレイ」
屈託のない笑みを漏らした。言葉と笑顔に天と海底ほどの開きがある。
「オレも!?」
スレイは自分を指し、嫌そうに眉をひそめた。何でこっちだけじゃなくて自分まで!? と言いたげな視線をチェリオは流し、腕組んだ。もう慣れたやり取りで反論する気も起きない。
「確かにオレ達男だけどさぁ。ルフィはどうなんだよ。
ひいきか。ひいきなのか?」
腰に片手を当て、むっと硬直したままのルフィの方に目を向けた。
少女は不安定な足下にも大分慣れたのか、
「やだなぁ、スレイ。ルフィがそんなことするはず無いじゃない」
片手を軽く振って小さく笑う。離れたところでレムが本の中をじっと見つめていた。
クルトの声に反応し、ルフィは僅かに肩を震わせ、
「みっ、み……見てな。見て……あ、あの……」
顔を上げる。紫の瞳を正視したためか白い肌が徐々に朱に染まり、大仰とも思える動きで腕を振り回し、
「えとその、僕さっき凄い勘違いを。その手間を掛けたみたいでえっとあの……」
潤み、涙目になりかけた瞳で、グチャグチャになった言葉を無理矢理吐き出した。彼の思考回路は現在熱暴走気味らしい。
クルトは頬に手を当て、混乱している幼なじみを見つめ、せっぱ詰まっている動きも愛らしいかもしれない等と不謹慎なことを考えた。
「良いから後ろ向いてろ」
流石に不憫に思ったか、両肩に手を置き、青年が無理矢理後ろを向かせる。
「う、うん。向いてる」
少年何度か小さく頷くと、消え入りそうな返事を返し、俯いて押し黙った。
「見てると思う? あれで」
端から見ている方が不憫になるほどの慌てように少女はこめかみを軽く人差し指で押さえ、半眼になる。
「見てないと思う」
スレイは何処か遠くを見るような目で、「アイツの性格考えると予想が付いてたはずだよな」と小さく零して力なく首を振った。彼に関してはひいき以前の問題だと気が付いたらしい。
「あら。大分その陣になじんだようね」
二人のやり取りをぼんやり眺め、カミラは感心したような声を上げる。
「へ。あ、ああ。そう言われれば大分バランスは取りやすくなったかしら」
気が付いたように地面を見て、最初の頃よりもふらつかなくなった自分の両足に目を落とした。
「バランス感覚、いいのね。それとも、適応しやすいのかしら」
「…………」
呟かれる言葉に、出来れば後者ではあって欲しくないと思いつつ、沈黙する。複雑そうに顔をしかめる少女を無視し、
「じゃあ、陣を完成させるわね」
カミラは箒の柄を陣に向けて口を開いた。
「え? まだ出来てなかったんですか!?」
浮き上がる髪を撫でつけ、見る。陣の側までゆっとりとした歩みで近づき、
「この陣は幾つかの事を終わらせたらすぐ発動する。いわば即効性だもの。
入る前に終わらせたら色々と危ないわ」
眠たげに瞼を落とす。全く緊張感のない仕草に脱力しそうになりながら、紫の瞳を不思議そうに瞬いて、首を傾けた。
「危ない?」
(確かに前の圧力は結構凄かったけど、骨折なんてする程じゃなかったし。
けど、レムが言ってたことを考えると)
少しずつ膨らむ不安。昔よりも強い吸い上げ。それがどのようなモノを意味するのか。
その力がどれだけのモノなのか分かっていないだけ不安が増していく。
呪術師の少女は肯定変わりに頷くと、スッと柄を地に向けたまま途切れた陣の曲線へ持って行く。
「例えば……中央に行くまでに動けなくなったり、ね」
含み気味にそう告げる。昔来た圧力の数倍は覚悟しているため、その位の衝撃は予想が付く。だが、カミラの言葉に何か嫌な予感を覚えた。
内容を完全に理解する前に、柄を支えていた両手の平を解く。
カ…ツ。
砂を抉る鈍い音。
突き刺さった木で出来た柄が、土を抉りまき散らす。
箒を中心に砂の一粒一粒が淡く輝き、水が染み込むように瞬時に欠けていた線が延びていく。
「う……」
クルトは辺りを見回し、微かな吐息を漏らした。千切れた線が繋がるごとに、僅かな息苦しさが増していく。違和感が急激に不快感に感じるほど上がりはじめる。
切れた部分は人差し指の長さほどまで縮んでいた。もうすぐで陣は完全な円形になる。
(あと、もうすぐ)
淡く輝く線と薄い光を放つ切れた線が絡み合い、一本の線に落ち着いた。どういう理屈かはよく分からないが、切れ目の部分は完全に一体化してつなぎ目も見えない。
陣が完成したせいだろう。急に吹き上げが強くなった。
耳に入り込む風が喧しい音を立てる。
何かの予兆か。そう思い、衝撃に備えるため、空を踏みしめた。
苦しさで狭まった喉から空気の固まりを吐き出そうとしてがくん、と身体が揺れる。
――え。と思う間もなかった。
「……うぁ!?」
呻きを押さえる余裕もなく唇から小さな悲鳴が漏れ出た。
地面に叩きつけられた。そんな錯覚を覚える。
もの凄い力で上から押し付けられ、息が上手く肺に流れ込まない。
一瞬のうちに押さえ込まれてしまったらしく、膝をついて耐える格好になっていた。
(身体が……重、い)
臓腑を絞るような痛みに顔を僅かに歪める。今まで続いていた下からの吹き上げは圧力と言い換えても差し支えがないほど激しさを増している。地面に掌を付けて身体を支えようにも、足がかりすら見つからない。
(なん……な……これ、昔のと段違い以上じゃな……)
奥歯を噛み締め、胸の奥で毒づく。上下から圧迫されているせいか、息をするだけで無意識のうちに苦しげな声が漏れた。
「圧力に負けないで。それはあなたの魔力が反応して出来たモノなのだから」
挟み込まれる圧力に耐える少女に、黒い瞳を向けカミラは静かに言葉を紡ぐ。
最初の声で駆け寄りかけたルフィは、陣の側に立ち、心配そうに少女を見つめている。
本当なら中に入って引っ張り出したいのだろうが、必死に堪えている様子だった。
眺めていた本を閉じ、押しつぶされないように懸命に身体を支えているクルトに目を向け、
「線を結んだだけでこの反応。彼女は本当に結界を作る際に耐えられ―――」
「心配ないわ。これから幾つか必要なことを聞くから、答えて」
小さく零すレムに向かって大丈夫だとでも言うように、カミラは左右に首を振る。
「質問よ」
乱れた黒髪を手櫛で梳き、突き立った箒を引き抜く。
「……し、つ……も……ん?」
強風が瞳を強く撫でる。乾いてかすみかけた視界をこらし少女は震えながらも、なんとか身体を支えた。
「で、でも。先輩……クルトの奴答えるどころじゃ無さそうな感じが」
細かいことを心配する性分ではないが、さすがに生死がかかると気になるのか、スレイはちらちらとクルトを何度も眺めながら眉を寄せた。
「駄目。ただの質問ではないの。大事な質問よ」
無情に告げ、顔を少女の方へと向けた。紫と黒の視線が絡みあう。
「だ、いじょ……うぶ。答える、わよ。ちゃんと、ね……」
クルトは不敵に笑うと掌で膝に体重を掛け、何度か体勢を崩しながら立ち上がる。
「ホラ、へい、き」
足下は不安定に揺れているが、無理矢理背を伸ばして明るい顔を作った。
「それで良いわ。増幅の詠唱をお願い」
カミラの合図にレムは、よろめきながら身体を安定させるクルトをみやり、
「…………」
思案するよう手に持った本に視線を落とす。
「その詠唱は長いから、時間が掛かるはず。今の内から開始した方が良いわ。
待つ分が減る方が、彼女の負担も軽くなるから」
「分かってる。じゃあ、始めるよ」
背を押す声に瞳を閉じ、肺から空気を絞り出す。
「ええ。では、聞くわ。最後の質問を」
頷く声は、いつもよりも強く聞こえた。
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