封印せしモノ-3





「お前は一体何なんだ!? 人の仕事場に入り込んだあげく、妨害か。
 村の奴は森に入るなと言われているはずだぞ。それに看板を見なかったのか!」
 当然だが、相手は苛立ったように疑問の言葉を漏らした。
「……なんででもよ! 切ったら駄目。
 立ち入り禁止? あたしは、そんなの聞いてない。それに、そんな看板掛かってなかったわよ」
「正規の道にはちゃんと印を付けておいたはずだ」
 訝しげな言葉にはっとなる。
(あ。そうか、近道から来たから看板なんて置いてなかったのね)
「ともかく、だ。嬢ちゃん、何で切るなと言う。
 俺達もこれを飯の種にしてるんだ。そう言われて止められるわけがないだろう」
 男の言っている事は正論だ。理由も言わずに切るなと言っても筋は通らない。
 いや、筋うんぬんの前に止める権限さえ持ち合わせては居ない。何しろ、この伐採は王家から出されたもの。家族や自分の事を考えれば、おいそれと止めるわけにはいかないだろう。
 正論だが……コレばかりは譲れない。軽く下唇をかみしめ、男を見据える。
 顔を真っ直ぐ見たのは初めてだったが、相手は小綺麗とは言えない身なりだった。 
 ぼさぼさの髪に薄汚れたシャツ。首にかけられた黒くなった青い布。
 服から見える腕は、浅黒く、盛り上がった筋肉が見える。
 先ほど持っていた斧の慣れた扱いを見る限り、伐採の初経験者ではないのだろう。
 口寂しいのか、節約しているのか。安物の煙草を火を付けずに口にくわえている。
 くちくちと時折紙を噛む音が耳につく。
「切ったらもしかしたら凄い危険かもしれないのよ!」
「もしかしたら……?」
「も、もしかしたら」
 相手の顔が胡散臭そうに大きく歪んだ。思わずたじろぎ、口調が弱まる。
 そう。もしかしたら。
 それは曖昧で不確実な不安。説得をする取っかかりにすらならないようなものだった。
「そんな確証のないこと言われてもねぇ。それに、王家の指示で動いてるんだ。
 嬢ちゃん王家を敵に回す気か?」
 案の定。男はそこをついてくる。更に王家の名を出しダブル攻撃をくわえてきた。
 確かに、少女の言葉は戯言と切り捨てられてもおかしくない中身。
 普通なら王家の名が出た時点で引き下がるしかない。幾らモーシュが田舎だとは言え、王家の権威は絶対だ。
 下手に逆らえば命の保証はない。
 だが……
「…………」
 前髪を引っ張り、軽く下唇をかみしめる。
(ここで引き下がったら、来た意味が無くなる。それにさっきからイヤな予感が収まらない)
 嫌な予感。
 当たってほしくないときほど、当たるモノ。
 じっくりと炙られるように、先ほどからかすかな焦燥感が背を叩く。  
「出来ないだろ。なら、とっとと離れ………」
 へっ、とイヤな笑いを上げ、男が斧を手に仕事に戻ろうとする。それを睨み、
「回すわ。あたしの予想がもし当たってるなら、王家だろうが何だろうが敵に回しても良い。そのくらいヤバイのよこの樹がもし」
 相手に反論の隙も与えぬよう続け掛けた言葉が不意に、とぎれる。
背骨が折れるような鈍い音。空気が呻き、身体が震える。
 みしりと、不吉な音が背後から聞こえた。
 男の一人が、斧を幹に食い込ませている。
 慌てて相手の首に腕を巻き付け、強引に地面に引きずり倒し、
「あんた、あたしの話が聞こえなかったの!? 止めろって言ったでしょ!」
悲鳴に近い声を上げる。
「こちとら生活がかかってるんだ。子供の遊びに付き合ってる暇は」
「あるのよ。人の話最後まで聞きなさいよ!」
 胸ぐらを掴み上げ、歯を剥く。
「この樹は、この樹はただの樹じゃなくて―――」
 ぎしりと嫌な音が耳を打つ。
「倒れるぞ。離れろ!」
 ぐしり。くぐもった音と、危険を知らせる声が交錯する。
 顔をかばうように腕を上げ、しゃがみ込む。
 衣のように広がった梢が砕け散り、辺りに降り注ぐ。
 辺りの木々を巻き込みながら、大木はその身を地面に横たえた。
「たお、れた」
「何も起きないな」
 呆然と呻く少女をなじるように、男は口の端をつり上げる。
 それに構わず口元に手を当て、何かを捜すように辺りを見回す。
「…………あたしの思い過ごし? いや。待ってよ」
 口の中でひとしきり独り言を紡ぎ、倒れた大木の側まで駆け寄った。
「おい!?」
 後ろから呼び止められたが、気にせず手の平を表皮に当てる。
 ちいさく呟き、指に軽く力を込める。
 傍目には何も起きたように見えなかった。だが、少女の指先は樹の皮に僅かに食い込み、弾かれる。ぱち、と蒼い光が弾けた。
「あち」
 痺れる指先を軽く振り、めげずにもう一度。次は押し戻される事もなく、皮に指が食い込んだ。
 また火花が散るが、痺れも僅かなもので、弾く力も先程のような強さはない。 
「駄目だわ」
 苦い言葉を吐き出す。これで、確信が持てた。
 だとすれば、時間がない。
「何が駄目なんだ。演技は上手かったけど、理由がな。
 ホラが吹けなくて残念だったな」
 相手の揶揄(やゆ)に眉根すら動かさず、指先を幹から外して、立ち上がる。
「杞憂で済めば良かったんだけど」
 小さく吐き捨て、隣にいる男を見た。
「逃げなさい」
 すぐに反応できるように重心を動かし、指先をゆっくりと広げる。
「は?」
「こんなところでぼーっと突っ立ってんじゃないの! 逃げなさい!」
 放心している相手を叱咤する。
「おい。とうとう頭も」
 引きつったような乾いた笑いを浮かべる相手に指先を突きつけ、
「良いから逃げて、死にたいの!?」
 捲し立てるように叫ぶ。
「は?」
 視界に映る鋭い闇。
 風切り音。反射的に近くにいた一人に身体をぶつける。
 勢いよく地面に身体を打ち付け、鈍い痛みが走る。
 後方で聞こえる濁った音。間の抜けた男の声は、悲鳴に変わった。
 確認すると後方の木々が斜めにたたれている。
 とっさに押し倒したとは言え、全てを受け流すには遅かったらしい。相手の脇腹辺りが裂け、鮮血が流れ出ている。
 だが、致命傷とまでは行かないようだ。
「よし、傷は深くないわね」
「ど、どど何処がだ!?」
 威勢良く文句を言いつつも完全に腰が引けている男を睨み、
「あぁもう。だから逃げてって言ったんじゃないの! そこのあんた、怪我してるヒト抱えてこの森から出て」
 立ち上がって埃を払い、親指で示す。
「し、しかしお前は。子供一人残していくほど俺は墜ちちゃ……」
 聞きようによっては格好良いとも言える言葉。
 彼女は感動するどころか、
「あーあー。いらない気は回さなくて良いわ。こっちで何とかするから」
 面倒そうにそれを一蹴し、髪を整え、前方を見据える。
 瞳を細め、目をこらす。
 茂みに隠れて全身は見えないが、鋭い爪が見える。
 漏れ出る魔力からすると二、三匹ほどか。
 それだけではなく梢に隠れて見えないが、翼を持つ相手が一匹居るようだった。
幸いな事に退路は断たれていないようだ。
(空の奴は厄介ね、かといって……空から攻撃してる余裕もない、か)
 後ろの村人に気を配りつつ、指先を滑らせる。
「我望むは(こご)える包容 たゆとう水よ 言葉に応じ冷たき(くさび)となれ」
 唱えるのは氷の魔術。 
 流石に山火事を起こすわけにもいかず、いつも使う炎系はお預けだ。
集まり始めた魔力をゆるりと引き延ばす。
 氷が集まり、一本の楔を形成する。
 ぴりぴりとした冷気が肌を舐める感触に、ぞわりと肌が粟立った。
 狙うは……見える相手から。
「氷槍!」
 腕ほどの長さの楔は、狙い違わず茂みごと魔物を纏めて凍りづける。
「ま、魔術!?」
 男達から上がる、魔物を認めた時とは別種の恐怖の声。
 前方から空に視線を移し、左腕をゆっくりと広げ、
「ここはあたしが何とかするわ。早く逃げて」
告げる。
 今度こそ、周りの男達は脇目もふらずに逃げ始めた。
 それを確認しながら魔力を練り上げる。
「我望むは(こご)える包容 たゆとう水よ 言葉に応じ冷たき(くさび)と」
 魔術が完成する間際、梢が揺れた。
「……っ」
 はじかれるように後方に飛び退る。 
黒光りするかぎ爪が少女を掠め、幾度も地面を抉る。
 転がるように避けながら、空を睨む。宙へと飛び上がった魔物は、大きな翼を広げたまま、威嚇するように旋回している。
 口早に呪文を唱え、
「氷槍!」
 漸く完成させる。
言葉に応じるように、長大な氷の槍は空気を裂き、風を切り、一直線に翼へと向かい……かくりと軌道を変え、墜落した後周りの木々を凍り付かせる。 
「あら? えっと、もっかいね。もっかい。氷槍!」
 頬を掻き、首をひねりながら笑ってもう一発。
 結果は、先ほどと同じ。
 ある一定の距離を飛んだ後、徐々に失速し、狙いがそれる。
 つまり、届かないのである。
「ええっ!? 
 地面の上と空の上同じ距離でも飛距離が違うの?」
 少女は眉根を寄せ、考え込む。
 いつも使う術だけに、ショックを隠しきれないらしい。
 首を傾け、
「いや、うーん。もしかして腕程の長さじゃ大きすぎて飛ばないのかしら。
 そ、それとも形状に問題が!? 形変えたら飛ぶようになったりするのかな。羽付けてみたり細身にしたり」
 等々と色々と考えてみる。色々な可能性を頭の中で巡らせている内、不意に、辺りが暗くなった。 
「ん?」
不思議に思い、顔を上げる。
 視界一杯に広がった翼、迫り来るかぎ爪。
「うぁきゃ!?」
飛び跳ねるように退くと、地面をえぐる鈍い音。
 袖口で額を拭い、
「なんて悠長に考えてる場合じゃないわね。氷槍が駄目なら他の術で」
候補を考える。
「何かあったっけ。梢が邪魔で途中に引っかかりそうな術が多いし」
 口の中で呟く内にも攻撃は降りかかってくる。
「あーーー、鬱陶しい! 直ぐに撃墜してやるんだから」
(撃墜……?)
 苛立ち混じりに吐き捨て、引っかかりを覚え、眉をひそめる。
 撃墜、墜落、下からの攻撃は不可能。
 言葉が文字となって頭の中を行き来する。
 一瞬。脳の中を白い線が走った。
「そうだ。そうよ、それよ! アレならいける!」
 拳を握り、梢を睨む。   
「大丈夫。ナイスよあたし」
 軽く手を打ち合わせ、引き延ばすように右手を掲げる。
 練り上げた魔力の筋が燐光を発し、ゆるゆると掌の動きに合わせ、持ち上がった。
 詠唱の合間に、ぱちりと火花が弾けた。
 ――下が駄目なら。
(上から!)
「神の(いかずち)!」
 青空を裂くように、一本の雷が魔物に向かって降り注ぐ。
 魔物は機敏な動作で避けようと身をひねった。
「甘い」
 それを見つめながら少女は口元に小さく笑みを浮かべ、ぐい、と上げた手を横に引く。
 刹那。
 青い雷が、僅かにぶれる。
 遠くへ避難しようと魔物は羽を大きくばたつかせている。
 軌道から見ても、雷が当たることはないだろう。
 それは計算済み。
 見計らうように間を開け、
「四散!」
高らかに告げる。
 閃光が魔物を掠め掛けたその時、太い雷の束が大きく震え、言葉に従うように四つに分かれた。
 意志を持つように、四つに分かれた雷は魔物を取り囲むよう四方に向かって突き進む。
 それはまるで、雷の檻。
 勢いよく避けた方はたまらない。なんとかかわそうと身体を捻ってはいたが、広げた羽をたたむわけにはいかず、雷が翼を掠めた。
がくりと傾き、藻掻くように羽を動かしながら、あえなく墜落していく。
 構えを解き、ふ、と安堵の息をつく。
 翼は神経が集中している場所だ。僅かだとはいえ雷撃が掠めただけでも、羽ばたく事は不可能だろう。
 そして、追撃をしない理由はもう一つ。
(あの高さじゃ魔物でも無事、って訳にはいかないわね)
魔物の下辺りを見る。前は青々と茂っていた梢が消え失せ、クッションとなるような物も見あたらない。木の葉が衝撃を緩和する程つもっているわけでもない。
 良くて骨折か、悪ければ墜落死だろう。
 恐らく、もう襲ってくるほどの気力はないはずだ。
 額に浮かんだ汗を軽く袖口で拭い、
「あーつかれた。対鳥系魔物とかの術考案しないと駄目ね。とっさに思いつかなかったら目玉(えぐ)られてたわよ」  
 強張った肩を軽く片手で叩き、もみほぐす。
 後方で引きつった悲鳴が上がった。没頭し掛けた思考は、無理矢理引きずり起こされた。

 




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