封印せしモノ-20





肩に背負っていた丈夫そうな袋から先ほどの宝珠を取り出し、
「えーと。この宝珠持って帰って仕舞えば良いんだね」
 カミラに顔を向け、確認する。
「そう」
 妹の問いに呪術師の少女は長い返答はせず、頷く。
 癖のない黒髪が動きにあわせ、彼女の羽織った黒衣の上をゆったりと流れる。
「必要な物は取ったよね。持って行っちゃうよ」 
「さっき……とったわ」
 ゆったりと喋る姉とは対照的にピシアはてきぱきと帰る準備をしている。
 一通りカミラに確認を取り、一段落付いたのか大きく息を吐き出すと、
「うん、わかった。じゃあボクは行くから」
 幾分軽くなった袋を肩に背負う。片手に箒の柄を持ち、またいだ後不意に気が付いたように肩にかけていた袋の肩紐を柄に通す。
 両手でしっかりと柄を持ち、念じるように瞳をゆっくりと閉じようとしたピシアに慌ててクルトが声をかけた。
「あ、えっとピシアちょっと待って。それさっきの箒だから気をつけないと」
 ピシアはバタバタと腕を振り回して警告してくるクルトに不思議そうな視線を向け、手元の柄が妙に小綺麗なのに気が付き弾かれるように姉を振り向く。
 姉の掌の中には古ぼけた箒。疑問を漏らしかけたところで跨いだ箒ががくんと大きく揺れる。
「うぁ……ってちょっと姉さんこれあったらしい奴じゃ」
 振り払われないように両手の平でしっかり掴み、キッと姉を見る。が、カミラは邪気どころか罪悪感も何も無さそうな瞳でピシアを見た後、幼女を思わせる小さな声で『いってらっしゃい』と首を傾けた。
 それが合図であったかのように大きく箒がしなり、勢いよく上昇する。
『ぎゃあぁぁぁーーーーーいきなり飛ぶな馬鹿箒ーーー!!』
 両手で掴んでいたことが幸いしたか。放り出されることは免れたらしく、絶叫に近いピシアの悲鳴が上の方から聞こえてくる。
 なんとなく既視感を感じる光景にクルトとレムは沈黙する。
 暴れ箒が大人しくなったのは事実だが、やはり絶対服従するのは姉の方にらしい。
 カミラが発した先ほどの声が上昇の合図になったのだろう。 
『うわごめ、ごめんなさい。ゴメンだからゆっくりーーーーーッ』
 絶叫が懇願の声に変わる。『馬鹿箒』が感に障ったのか、それとも禁句なのか、無茶苦茶な軌道を描きながら箒が空を舞っている。無茶苦茶ながらも目的地には連れて行くつもりなのか村の方へと向かっていく。箒に引きずられるように悲鳴は尾を引き、掠れて消えていった。
「……先輩」
「ふがいない妹、ね」
 どことなく非難の混じったクルトの視線を受け流し、カミラがぽつりと呟く。
「コレで五月蠅い妹も居なくなったわ。ゆっくり作業が出来る」
 箒の柄をやんわりと握り、とろんとした眼差しで空を仰ぐ。
 ひび割れた宝珠にかこつけて厄介払いをしたらしい。外道とも思えるカミラの台詞を聞きながら微妙な恐怖感を感じつつクルトはふと、ある問題点に気が付き首を傾けた。
「でも先輩、仕舞って掃除したら来るんじゃ」
「無理ね」
 キッパリと。やたらにキッパリと断言する。
 カミラの言葉は静寂の中で氷が砕けても、ここまで響くことがないだろうと思えるほどの冷たさと響きを伴っていた。
「え?」
 疑問の声に反応し、カミラがクルトを振り向く。相変わらず漆黒の瞳からは何も読み取れない。
「ここに来る前……」
 訝しげに眉根を寄せるクルトから視線を外し、朱に染まり始めた空を見つめる。
 木立から差し込んだ朱が入り交じり、カミラの纏った闇色の衣が複雑な色合いを醸し出す。
「来る前?」
 呪術師の少女は反芻(はんすう)するクルトにちら、と目をやり、黙祷でもするように瞳を閉じる。
「力のかぎり部屋を汚し倒してきたから。床が見えなくなる位」
「……せんぱい」
 カミラの唇から紡がれた言葉に少女の顔が引きつる。
 クルトは脱力するように肩を落として、額に手を当てた。兎の耳にも似た紫のツインテールが少女の気持ちを代弁するようにしおれた花のような格好でダラリと垂れ下がった。
「悪魔か」
 後ろの方でスレイが呻くのが聞こえた。徹底した外道っぷりにレムやチェリオまで一歩ほど引いている。
「まあ、それはどうでも良いこと」
 箒を手で触りながらカミラが少女へと振り向く。余りどうでも良くない気がしたがそれは口に出さず、クルトは小さく溜息を零した。ぽりぽりと額を掻き、
「う、まあ。その、先輩、レムのこと気に入ってるって。本気?」
 取り敢えず話題を濁すために適当に興味のある話を振ってみる。
 カミラは表情は変えずこっくりと頷き、
「本気。本気と書いて砂魚(サンドフィリシュ)一撃(フィリタクト)と訳するほどに真面目よ」
 片手をゆったり広げてそんなことを言い切った。
 真面目なのか不真面目なのか不明なその言葉を何度か口の中で繰り返し、
「……先輩、意味分かりません」
 幾ら考えても答えが出ず、尋ねる。砂魚は確か魚の一種で、暴れたときにうねる様をフィリタクトと呼ぶ。その時の衝撃は岩石を砕くほど。
 そのままカミラが言ったことを意訳するとすれば、岩を破砕するほど大真面目。
 凄そうな気はするが、更に分からない。頭を捻り続ける少女にカミラは視線を向け、
「意味はないわ」
 涼しげに答える。あっさりとした回答に脱力しつつ、
「そ、そうですか。で、でも先輩、えっと……もの凄く不本意ながらも女子受けがいい奴なら他にも居ます、よ? 例えば何でか知らないけどそこのチェリオとか」
 歯切れの悪い口調でそう言うと、少し離れた場所で傍観を決め込んでいる青年に指を向けた。それだけ聞くと褒め言葉にも聞こえるが、目が『本気でよく分からない』と言っているので褒めているのかは微妙な所だ。
「俺か」
 指を向けられたことやそのテの話題に出されたことよりも、注目されることが面倒だとでも言いたげに、チェリオは小さな溜息を吐き出した。カミラは二人の姿を見比べた後、
「泥人形に興味はないわ」
 長めの黒髪を静かな動作で掻き上げる。
『!?』
 一瞬、全員が静止した。
「あ、あはは。先輩、人形って。チェリオは……あれ」
 ぎこちなく笑い、『チェリオは確かに愛想無いけど』と言いかけて自分の指した方角を見て間の抜けた声を上げる。
 チェリオの脇の辺りに、赤黒い固まり。何となく近寄り、それを持ち上げる。
 固い感触とざらついた手触り。
「なんだそれ」
 掛かった声に振り向かず、じっと掌の中にある物体を見つめる。
 枝で深めに抉っただけの目。適当に貼り付けられた口。髪はなく、辛うじて人型だと認識できる程度の造形。火で(あぶ)ったときに火力が強すぎたのか、表面が少し焦げている。
 クルトは爪先でそれを弾き、返ってきた澄んだ手応えに納得したように頷く。
 手に持った人形をもう一度眺め、
「暇つぶしに作った泥人形。何かの役に立てばな、と」
 カミラの見ていた場所がこの人形に近い場所だと気が付く。
「役に立ったか?」
 沈黙。
 返す答えが見つからず、しばらく口の中で言葉を探す。
「そ、それは。そう! カミラ先輩の好みはこの人形じゃないことが判明したわ」
「捨てとけ」
 拳を握り、人形を突き出す少女に冷たい言葉。
「えっ!? 結構気に入ってるのに!!」
 自作品にはやはり愛着を持ってしまうのか人形を両手で握り、何故か非難の入った視線を青年に注ぐ。
「冗談は置いて、彼は私の好みではないから」
 チェリオが口を開く前に、淡々としたカミラの台詞が割って入った。
「先輩ってそうなんだぁ。ふむ」
 チラリと青年の顔を盗み見るが、やはり特にショックを受けた様子もない。
 カミラの嗜好を知ったことでなんだか感慨深い気持ちに陥ったのか、少女は感心するように頬に手を当て、名残惜しそうな表情で人形を草むらに横たえた。
「それはそれとして。さっきから気になっていたのだけれど、あの結界を維持させる魔力の媒体は何処」
 不意に漆黒の瞳が怪しい輝きを帯び、紫の瞳を射抜く。
「へ……う!?」
 素朴なカミラの疑問に曇り気味だったクルトの顔が引きつった。紫の瞳を見開き、大きく身体を震わせ硬直する。
「あ、それ。僕も気になっていたんだよね。こういう大きめの結界には魔力を通すための道具が必要だから」
 カミラの台詞にレムも思い出したようにクルトを見る。少女は彼の言葉に反発するように顔を勢いよく誰もいない方へと向け、
「…………聞くんだ」
 暗く呟く。少し勢いを付けすぎたのか、首の付け根あたりがギリギリと悲鳴を上げた。
「なんっか言いにくそうだな〜」
 頭を支えるように後ろで腕を組み、スレイが不審そうに眉をひそめた。
 疑問符が混じっているが、言葉の内からにじみ出る好奇の色。
 その事に気が付き、クルトは恨めしげな視線を向けるが、スレイはにま、と何処か意地の悪い楽しそうな笑みを浮かべた。少女に対しての気遣いや、後々あるだろう自分の身の危険よりも好奇心の方が先に立っているらしい。
 クルトはもう一度黒髪の少年へ恨みがましい目線を送った後、
「泥を軽く水で溶いて魔術文字を」
 歯切れの悪い口調でぽつぽつと箇条書きに言葉を紡ぐ。
「でもそのためには何か魔力のこもった品や特別な効果のある薬。
 伝導性を高める品を入れるのが一般的だよね。で、何か入れたんでしょ中に」
 少年は白い獣毛に覆われた耳を片方だけ軽く倒し、口元に指先を当てる仕草を見せる。
「…………その」
 微かに可愛い物好きの血がうずいたが、突き刺さった鋭い言葉に視線を泳がせ、口ごもる。
「…………ふと思いついたのよ」
 清水を思わせる冷涼な瞳で続きを促され、小さく溜息をついて諦めたように口を開く。
 だが、開けた唇をいったん閉じ、躊躇うように一瞬辺りの顔を見回して、少しだけうつむいた。
「ん?」
 チェリオが不思議そうに声を上げ、ルフィを見る。ルフィは困ったように眉を寄せ、「知らない」とでも言うように首を横に振った。
 少女は苦渋を押し込めるように眉間にしばらく皺を寄せていたが、先ほどより長く息を吐き出し、覚悟を決めたのか、そっと言葉を舌に載せた。





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