でーとコネクション-3





優雅な音楽。
 (にじ)むように緩やかに広がるオレンジ色の照明。
 精緻(せいち)な細工の施された銀の食器。
「なあ」
 空けた皿を端に寄せ、口を開く。
 音楽以外の音は一切聞こえない静寂の中、どのようにしたら音をたてず金属で出来たスプーンでスープを食べれるか、
 との難問に立ち向っている少女は顔をしかめつつ、腑抜けた、ともいえる覇気のない声で答えた。
「んん? なぁに〜」
 今いる場所はこの大量の食事が示すように、料理店。
 いや、食事と言っては文句がでそうなほど繊細に彩りよく添えられた芸術品とも呼べる料理の数々。
 淡い明かりに照らし出され、あたかも絵画のような風貌で、品々は客を魅せる。
 だが、食事は栄養が取れればいい位にしか考えない青年には、そんな情緒や美学は存在しない。
 そう、彼女が持っていたのは料理店……それも高級な部類の、チケットだった。
 楽器の弦がはじけ、鼓膜を震わせるような美しい旋律が響く。
 煌めく炎が揺れ、白い壁を照らし出す。
 確かに居なくとも無理矢理出掛ける相手見つけ、連れ出してでも来てしまいそうな所。
 意外と規制はないのか、こだわらないのか、それとも青年の整った容貌のせいか。
 この手の店に良くある、正装の義務は無かった。
 チェリオは自分の服を眺め、
「服を洒落る必要はあるのか?」
 青年の言葉に考えるように頭をひねり、
「うー……ん? ないわね」
尋ねる言葉にあっさりと。拍子抜けするほど軽い口調で頷く。
 じゃあどうしてさっきは服に文句を付けたんだ、と言われるのを見越したように、
「気分の問題なの」
 さらっと告げる。
 それを半眼で見やり、
「で、このチケットはどうしたんだ?」
手元にあるスープを軽くすくって口に運ぶ。
少女は、その光景をみてようやく気が付いたのか、スープをすくい、口の中で軽く斜めに傾けて流し込む。
 音は立たない。
ある種の達成感のようなモノを感じつつ、
「ん。うん……貰った」
「………貰った?」
 チェリオは訝しげに眉を潜めた。
 不審だったからではなく、何故か少女が感動したように僅かに涙を浮かべ、スープを飲み下したからだ。
 ――――そんなに美味だっただろうか?
 もう一口、口に含む。
 美味い事は美味かったが、泣くほどの味でもない。
「ほ、本当だよ?」
難しそうな顔でさじを口に運び、見返す青年を見、クルトは困ったように眉根を寄せた。
「親切なお兄さんがくれたの」
 と、言ってくる。
「今時珍しい奴もいるな。何があったんだ」
「うん、道を歩いてたらね」
「ほう」
「『よう、お嬢ちゃん可愛いねぇ。どう? 店に連れて行ってあげようか』とか声かけられたの。しかも一杯に」
「…………」
そこでしばし黙考し、食事の手を休める。
その光景が目に浮かぶようだ。
 柄の悪い、目つきが良くない下品な男達に囲われ、絡まれている様子が―――
「それでお前はなんて言ってやったんだ」
 取り敢えず聞く。
「うん、やっぱり人に声掛けるならそれなりに礼儀って奴が必要でしょ」
「ああ」
 相槌を打つチェリオを見、嬉しそうな顔で頷き、
「だからね、コレはびしっと言わないといけないと思って言ってあげたのよ」
 人差し指を立て、えっへんと胸を反らしたのだろう。少し身体が傾いた。
「……なんて言ったんだ?」
 尋ねる言葉に、気持ちが良いほどキッパリと。
「火炎弾〜」
 笑顔で微笑む。
「…………」
 その瞬間、大体の話の中身が掴めてチェリオは食事を再開する。
「それでね、『す、すみませんでしたコレを持っていっ……いや、もう是非に貰って下さい。というか差し上げます差し上げますから命ばかりは』
 とか言われちゃったから、貰わないわけにもいかないでしょ。
 涙浮かべてウルウルしてたし。
 突き返すのも悪いし、貰っちゃった♪」 
「…………」
 火炎弾というのは初級の魔術で、その名の通り炎の弾を辺りに炸裂させると言う術だ。
 一つの大きさは小石ほどで、当たってもそれ程のダメージは無い。
 髪が少し縮れるか、軽い火傷をするぐらいだ。
 だが、それでも熱い事は熱いし、痛いモノは痛い。
 一つではなく、無数に降り注ぐ炎の弾は、痛みよりも先に派手な分恐怖を煽る。
 実践向きではないが、かく乱やこけおどしには丁度良い。
 派手な爆音や閃光、煙、僅かな、確実な痛みはあっさり人の思考を混乱させる。
 つややかな紫の髪をなびかせる華奢な身体の、非力そうな少女が放ったのだ。
 罪のない軟派男をビビらせるには十分すぎる展開だったのだろう。
(よりにもよって、コイツに声を掛けるとは…運の悪い奴ら)
 少々その連中に同情しながら水に口を付ける。
脅しじゃないのかそれは、という極めて常識的な反論をする気も起きなかった。
その話題の少女は、感心半分呆れ半分、と言う感じの目でコチラを見ている。
「…………何処に入るんだろ」
言葉を聞きながら、空けた皿をまた端に寄せる。
 何か言いたそうな彼女の視線が付き刺さった。そしてまた皿の方へ物言いたげな視線を移す。
 少し気になったのか、チェリオは指折り、皿の数を数える。
 ザッと見ても、片手の指で足りそうになかった。
 考えるように積み上げられた空いた皿に青年は視線を注ぎ―――
そして何事もなかったかのように新しい料理を口に運んだ。
がく、とそれを固唾をのんで見守っていた少女の肩が転ける。
「なんだ?」
「………えっと」
 流れるようにサジを使い、咀嚼し、決して早いとは言えないのったりとしたペースで食物が消えていく。
 着実に。
 それ故に目の前で佇む皿の塔を見ても、あまり実感が湧かない。
「……よく、入るわね」
 取り敢えず、声にでたのはその言葉。
食べるわね、と聞くのは愚問のような気がしたからだ。
 『腹が減ってるんだ。当たり前だ』とか言う言葉が返ってきそうで。
「腹が減ってたからな」
 ……どちらを言っても同じ答えだったらしい。
「そ、そっか」
 妙な沈黙がしばし落ち、
「…………」
 その沈黙をかき消したのは、無言の食事終了の合図。
クルトの方はと言えば、あまり胃に入っていない。
「もう良いのか?」
「あ、ああーうん…もう、見てるだけでお腹が」
「見るだけでか? 変わってるな」
 自覚も何にもない顔で呟く言葉に、『アンタのせいだぁっ!』と突っ込むのを堪え、
「今日は気分じゃないの」
そう言って嘆息する。
 美味しかったが、思った程の味でも無かった事も原因だった。
 口直しに僅かな苦みのあるお茶でチェリオは喉を潤し、
「じゃあ、ここで終わりだな」
 カップを傾けて少女を見る。
「何で」
 彼女は当然のように、不思議そうな顔で首を傾けた。
「なんでって、約束はここに付き合うまでだろ」
 その問いに少女はナプキンで口を拭いつつ、
「ん? 違うわよ。まっだまだ付き合って貰うけど」
 澄ました顔でさらりと答えた。
「……何!?」
 その返答に、思わずテーブルごと皿を蹴倒し掛け、踏みとどまる。
 クルトはちっちっち、と指を左右に振り、
「チェリオ、静かにしないと迷惑になるわよ」
「約束が違うぞ」
「せっかく出掛けてるんだし、食べてさようならじゃつまんないもん〜」
幼子のように口をとがらせ、空いたティーカップを静かに置く。
「だが」
 言い募る青年を見、静かな…
 やたらと静かに瞳を細め、
「暴れるわよ」
 一言だけ言い放った。
「は? ……おい。今日一日は」
 約束だっただろう、と言う言葉も皆まで言わさず、
「暴れるわよ」
 やはり無感情にポツリと呟く。
 その言葉には怒りも、悲しみも、嬉々とした声も含まれない。
 ただ淡々とした、言葉。
「…………」
 漸く青年が口を閉ざしたのを見、
「確かに約束したけど、チェリオと「付き合う」ならそれなりの「女の子らしい」行動を取らないと行けないのよね?」
 と言いながら、ちらりと視線を栗色の瞳に向けた。
 チェリオは頷き、
「ああ」
 それを確認しながら軽く片手を低空で広げ、
「だったら、よ。チェリオと分かれた時点で。あたしが気まぐれに思わず火炎魔法とかぶちかましたってさしたる問題も―――」
 こう言ってくる。
「大ありだ」
「と言うわけでそう言う事だから」
反射的に突っ込んだチェリオの言葉を流し、席を立ちながら、
「早く行こうよ」
 と教科書のお手本通りに(だろう)小首をかしげ、口元に拳を当てつつウルウルと瞳を潤ませた。
 その姿は、チェリオには――
(悪魔だ……)
 そう、タチの悪い悪魔にしか見えなかった。

 




戻る  記録  TOP  進む


 

 

inserted by FC2 system