傷を負っているにもかかわらず、青年の動きは傷を負う前と互角。いや、怪我を考えればそれ以上の早さだった。決して楽ではない攻防。
相手の魔剣士の強張った表情とは違い、喜悦に近い色を瞳にたたえ青年が舞う。
それを眺め、クルトは胸の内で吐息を漏らす。チェリオは普段から大人しいと言えないが今のような表情をすることはない。野生の獣のような冷たくも、鋭い双眸。息は荒いが全くつらそうな素振りを見せない。本性は実は戦っているときなのかも知れない。
何が起きてもすぐに対応出来るように薄く瞼を落とし、息を整える。
魔剣の力をふるったのだろうか。轟音を立てて抉れる地面。熱い空気が肌を舐めても気にならない。掠めた風がマントを大きくなぶり、衝撃波が三人を包む結界を歪め、震わせる。高めに結い上げ二つ括りにされた紫の髪がなびく。
「…………」
両手の平を合わせ、呼吸を深くする。風のささやきが耳を掠め、空気を擦る二人の動きが魔力の歪みで感じ取れる。大声の応援や悲痛な叫びは上げない。
(あたしの応援の仕方は。これだもの)
ゆったりと伸ばした腕に魔力が集まる。そこで、ふっと肺から空気を吐き出した。
強まっていた魔力が薄れる。
「よし、これだけ冷静になれば何でも大丈夫ね」
鋼の交錯する音色は、先ほどよりもずっと間近で聞こえていた。
さっきまでは直視しなかった二人の死闘。クルトは、自分自身に言い聞かせながら目を背けずに見据える。
――勝負は一瞬なんだから。
ゆったりと弛緩させた指先を握りしめる。
何もないかも知れない。何かあるかも知れない。
さあ、今が勝負時だ。
幼い顔に似つかわしくない鋭い目で戦況を見守り、クルトはそっと微笑んだ。
辺りを包んでいた濃厚な魔力が不意に失せる。相手の魔剣士も流石に気が付いたようで僅かに不安が顔に浮かぶ。
(なんだ?)
一瞬不思議に思うがチェリオは振るう腕はゆるめなかった。
剣を交える最中に少女の姿が見え隠れする。特に術を使う素振りは見せない。背筋が冷えるほどの強い視線。真っ直ぐ射抜くようにこちらを見ていた。
数度視界にはいると、魔力が薄くなった理由が分かる。動揺を短時間で押さえ込み、瞬時に戦闘態勢に入ったのだろう。幾ら実戦回数が多いとはいえ、少女の臨機応変ぶりには内心感嘆の溜息が出る。
一方相手はクルトの変化について行けていない。あれだけ放出していた魔力が収まったのだ警戒する気持ちも分かる。が、それが付け目だ。
僅かに刃を斜めに傾け、相手の懐に滑り込む。
「なっ!?」
剣が擦れ鋭い音が響き火花が散る。並の剣なら刃こぼれをする危険性が高いが、この程度で痛んでいたら魔剣の名折れだ。あちらの方はと言えば、そんな使い方をしたことがないのか慌てたような声を上げた。
炎を纏った刃が空間を切り裂き、紅の光を飛ばす。間一髪飛び退いた相手が絶句したままチェリオを見つめた。切り込む素振りは見せない。
「ほお。良い判断だ。しかし、残念だな。止めたと同時に切り上げてお前の首を落とすつもりだったんだが」
身の毛のよだつ台詞を真顔で吐き、青年は詰まらなそうに肩をすくめた。
「反論は無しだ。本気で行くと言っただろう」
一方的に言い捨てて剣を構える素振りすら見せず喉元を目掛けて刃を振るう。
完全に息の根を止める気だ。静止の声は掛からない。
「く、くそっ」
気迫に押されたのか相手の声に恐怖が混じる。
「噛み付かれるのがイヤなら、獣に深手を負わせないことだな。切り裂かれても文句は言えまい」
口元は笑っていても。金のような双眸は獲物を捉えて放しはしない。
どす黒く染まった服に残る生々しい傷跡。浅い傷ではないのは一目で分かる。だが先ほどよりも青年の動きは鋭い。幾度か魔剣士の剣先が栗色の髪を掠めはしたものの、怯む素振りは見せず斬り込んでいく。掬い上げるような刃の動きから波間を漂う木の葉に似た不安定な剣筋。手に張り付いた血が汗に混じって地面に落ちる。
何度も間合いを開けていたせいで何時から少女が静観していたのかは分からない。
数歩進めば手が届きそうなほど近くに彼女はいた。
「女ッ。ジャマだどけ!!」
涼しげな表情が気にくわないのか、タダの八つ当たりなのか。剣士は大きく剣を振りかぶり。跳んだ。丸太でさえも一振りで切り刻み、煉瓦を抉りかねない凶器がクルトへ向けられる。
チェリオは動かない。それが信頼なのかは分からない。
向かってくるモノに視線を触れさせただけでやんわりと白い指先を剣に向けると、少女は表情を変えず口を開く。そのおだやかさは静かな葉擦れの音に似ていた。
「大気の吐息 我が言葉を導とし 虚無を突き抜け」
清流を思わせる詠唱に魔剣士の動きが凍り付く。詠唱は緩まず淡々と紡がれる。
「風圧弾」
くい、と掲げた指先が微かに持ち上げられる。と同時。
『がっ――』
悲鳴も飲み込み圧縮された空気の固まりは並大抵の早さではない彼の身体を受け止めて、チェリオが居る側の地面に叩きつけた。土煙が収まらぬ内、
「人を見かけで判断すると、寿命、縮まるわよ?」
掲げていた腕を下ろし、冷えた声を少女が落とした。
ひときわ冷たく、乾いた風が大地を撫でる。今更ながらに違和感を感じる程に艶やかな紫の瞳と髪が風に煽られ揺れている。翻るマントを抑えることもせず、少女は静かに佇んでいた。
相手が一瞬息をのむ気配。
響いた音に少女がようやく視線を向けると。チェリオがトドメとばかりに相手の急所に剣の峰を叩き込んでいるところだった。地面に倒されたままで一撃。これでは避けられまい。
あっけない幕切れに吐息が漏れる。本当に終わるのはあっという間だ。
ギィィィィと何かの悲鳴のような響きが空気を震わせる。奇怪な音に振り向いて、唖然とする。
「ちょっ。なにしてんの!?」
地べたに座り込み、手を器用に動かす青年を見て一瞬で緊張した空気が吹き飛んだ。
「適当な縄持ってないんでな」
慌てる少女を尻目に作業を続けるチェリオ。
「だからってマント破らなくても良いでしょ!!」
非難の声もどこ吹く風。自ら白いマントを切り裂き、斜めにねじる。妙に慣れている。
「……どうせ洗っても落ちんしな。もう使わないんだからロープ代わりにしてもかまわんだろ」
瞬く間に一本のロープを作り上げ、言いながら慣れた手つきで相手を念入りに縛り上げる。やっぱり慣れている気がする。
「そ、それはそうだけど。校舎から取ってきても良かったのに」
元マントの姿を見て、曖昧な表情をする。チェリオに白のマントが完全に似合う!とは言い難かったが防寒具の役割もあるマントが無いなら無いで不便だろう。
「また起きて暴れられるのも困るだろう。次は校舎で大暴れされるかもしれんぞ」
少女の気遣いは要らぬとばかりのぞんざいな返答。念の入ったことに余ったロープもどきでくつわもはめている。
「う。それは。困る……けど」
更に剣を取り上げ道具の入った袋も取り上げる姿を見て一瞬『追いはぎ?』と思いつつも口には出さない。道具袋が魔道具であればとりあげておくに越したことはない。
魔道具であれば二桁単位の凶器が入っていてもおかしくないからだ。取り上げた剣の今後の行方については深く追及しないでおく。
「予備、とか持ってるのよね。勿論」
大抵何枚かは替え位持っているはず、と気が付いて口を開く。
「こないだ川で流してどこかに消えた」
「……あんたね」
平然とした答えに疲れを感じつつクルトはこめかみを軽く押さえた。
「ちょっと強く縛りすぎてない?」
ふと。チェリオの指先が白くなるまで引き結ばれていることに気が付いた。余程力を込めない限り血の気が失せることなど無いはずだ。
「あ、あぁ。そうか? 力加減が上手く」
言う側からずる、と手が滑る。
「どしたの」
不思議そうに青年は自分の手を眺めた後、縛りなおし、顎で相手を示す。
「コレなら動けないだろ」
縛り方には問題がない。厳重すぎると言っていい。だが、何かがおかしい。
「う、うん。安心だけど。ね――」
ねえ、何か変だけど。と尋ねようとした言葉を飲み込んだ。雨もないのに地面が湿っている。それも、青年の足下にだけ。水溜まり? 自問して、心の中で否定する。
数日雨は降ってない。恐る恐る青年を見た。
「どうした」
何かが腹部から流れ出、滴となって地面を濡らす。予想を違わぬ光景に一瞬目眩が起きた。失神しそうになった自分を叱咤し奮い起こす。
「……そっ。そっちがどうしたよ!! 血がまた出てきてるわよ!?」
声が震えそうになったのを何とか押さえ込む。
「あぁ。通りで力が入らないと思った」
対するチェリオは至って冷静な対応。
「達観するな!! あれ。自分で治したんじゃなかったっけ。何で傷が」
「甘いな」
血は流れ続けているのに余裕の表情で髪を掻き上げる。心なしか顔が白い。
「え」
「この程度は出来ると言ったまでだ。誰も完治するとも傷が開かんとも言ってない」
「…………それ。見かけだけ治ったようにしただけで実は死ぬほどヤセガマンしてたという事」
「止血の効果はあったようだが長くは持たなかったな。そうそう簡単に重度の傷が治せるようになるわけがない。道理だな」
否定はされなかった。無茶苦茶な行動に心配よりも先に怒りが湧き上がる。
「こ、この阿呆男がああああああ!! と、とにかく止血がまず先で。いや誰か呼んだ方が早い!? ああでも早くしないと失血しちゃうし」
震える指先で青年の肌に触れると、生暖かな感触が現実を教える。腹部の出血の処置法はどうだったか。包帯は? 傷薬は持っていたか。そう言えばもう結界は無くなってるから、救援を呼んだ方が良いんだろうか。
ぐるぐると少女の中で文字が飛び交う。苦手科目をおざなりにしてきた事が悔やまれる。
チェリオはまだ軽口を叩く余裕はあるらしいが放っておいて良い物でもない。
「まあ聞け。俺の血液量は常人の二倍はあるから焦るな」
言う顔に血の気が失せていて。なんだか死相が出ている。やはり強がりなのか。まずい。
「嘘付け!! ならその青ざめた顔は何よッ。とっ、取り敢えず。そ、そうだ。治癒してみるから。解毒もちゃんとして雑菌が入らないようにするし」
(確か傷口に手の平を当てて集中を)
伸ばした腕が押しとどめられた。
「こ、この期に及んで軽い傷だお前の世話にならないなんて聞かないわよ。
言うんだったらその死相混じりの顔どうにかしてから」
「止めろ」
強い制止に口の中で紡ごうとした呪が途切れる。
「……治癒してあげるって言ってるんじゃない。なによ別に断る理由なんて」
そうだ。無いはずだ。なのに。
「ある。俺が幾ら魔術師でもないとしても、治癒の理屈位は知ってる。
治癒は非常に術者の制御力が必要となる魔術だ。攻撃魔法の比ではなく」
掠れ気味で聞こえにくい拒否が。妙に耳奥に響く。
「それが。なに」
静かな声に。小さく返す。自分の返答が固くなっていることにクルトも気が付いていた。
「お前が苦手としているのは結界。治癒。全て制御が必要な物ばかり。
苦手、ではなくて失敗する確率が高いからやらないんだろう」
びくん、クルトの肩が跳ねる。広げ掛けていた手の平が固く握りしめられた。
「癒しの力は暴走すると樹であれば通常ではありえないほど枝が何又にも広がり。場合によってはその場で生命力を使い果たし、枯れる」
ぐ、と少女の唇が引き結ばれる。言葉よりも明確な答え。彼の言葉は、真実で。
そしてクルト自身が目を背けていた現実だ。だから尚更、次の台詞が胸を突いた。
「俺は――胴体が二つってのは勘弁だ」
強い拒絶ではなかった。だが胃がねじられ、胸が強く押しつぶされるほどに痛い。
一瞬、奥歯を噛み締めた後頭を振る。確かにリスクは低い方が良い。
だが今から校舎に駆け込んで治療の出来る生徒を捜すか? いいや、無駄な時間の浪費をするだけ。ならば。
「……分かった。じゃあ他の方法を取るわ。ただ傷口に響くから覚悟して」
「は? なに、するつもり」
答えを待たずに唇を開く。
「我求むは紅蓮の炎 竜王の牙のごとし煉獄の炎よ 我の求めに応じ姿を現せ」
「おいこらお前待て」
漂う魔力にではなく、詠唱にチェリオの顔が引きつった。少女が唱えているのはグラウンドに湖が出来る程の穴を軽く作る。
「気高き王の血潮 世界を喰らいし鋼の刃 闇を砕きし真なる炎よ 灼熱の顎門よ 空を裂き 姿を現せ!」
呪を紡ぐ言葉は止まらない。魔力の密度が増し、空気が重くなっていく。
「竜王炎牙!」
離れた上空に大きな爆発が生まれた。炎が顎門を開けた竜のように空気を飲み込んで消失させる。爆風は離れたこちらにも届き、轟きは身体を震わせ地面の石を跳ねさせた。
青年は身体に走る痛みに顔をしかめる。爆風だけでもかなり堪えるがこの地響きはツライ。
「ク、クルト。なっ、何事!? 出てこないように言われたけど気になって」
余震に僅かにバランスを崩しながらも、一人の生徒が校舎から抜け出てくる。余程慌てていたのかクルトの側まで寄ると、膝に手を付き、大きく息を吐く。広がる空色の髪。
「ルフィ! ケリーも側にいるなら早く来て!! あたしじゃどうも出来ないの。早く治療してあげて」
滅多に聞けないだろうせっぱ詰まった少女の台詞。幼なじみの少年は不思議そうに顔を上げたが、青年の様子を見て瞬時に表情が引き締まる。見かけの華奢さの割には肝が据わっているためこういう時には頼りになる。
「ケリー君は確か近くにいるはずだよ。ちょっとごめんね」
クルトに支えられたチェリオの側により、ざっと傷の具合を確かめ、
「…………傷口が大きすぎて僕だけじゃやっぱり無理か。
それにここから移動させないと。一応止血はしておくから」
邪魔なローブの袖をまくり、簡単な手当を開始するべく手を広げた。
「ケリー。ケリーってば!! マルク。マルクーー!!」
応急処置はルフィに任せ、クルトは引き続き救援を呼ぶ。何度呼んでも返事はない。
まどろっこしくなり、目的の人物の弟を呼びだす。呼びたい人物は生真面目なため、こんな時律儀に教室にこもるので、耳聡い彼の弟の方が呼んで出てくる可能性が高い。
「マルクー。ねえ、マルクー。来て!! ねえっ」
何度目か分からない呼びかけに、いつの間にか集まっていた野次馬の中から白い手が伸びる。続いてぴょんぴょんと跳びはねる小さな影。『ていやあああ!!』助走を付けてきたのか勇ましいかけ声と共に勢いよく前方に飛び出し、つんのめる。ギリギリ顔は接触しなかったモノの、見事に地面と仲良くなった。擦り剥いた自分の両手の平を大きな瞳をうるませ見つめていたが、緊迫した様子と、チェリオの怪我に一瞬面食らったように固まり。
「あ。お姉ちゃんどうか―――あ、うん。分かった。ケリー兄ちゃん大急ぎで連れてくるよ。待ってて!!」
比較的切り替えが早いため力強く頷くと、再度人混みの中に突入していく。
「ありがとう」
安堵混じりの礼は聞こえたのか、チラリと影の隙間から白い指先が見えた。
「ぐがあっ」
ほっとしたのもつかの間。唸りと苦痛が混じった絶叫が響く。何事かと思い見ると、ルフィがまくり上げた両腕を肩幅に開き、両手の平を患部に押し付けて力を込めているところだった。しかも直に。
「ぐぅぅ……ちょっと待て、かなり痛いんだが」
たまらずチェリオが歯を食いしばり、呻く。
「我慢! 出来る限り肌を密着させないと上手くいかないんだから。チェリオ、傷が我慢出来たなら我慢して」
なにかかなり無茶を言っているルフィ。そう言えば、弱い術は密接させた方が良く効果が出るとは言っていたな、そんな事を思い出す。ルフィの両手に淡い光。
治療の一環らしい。荒療治だが。
「いや。力込めすぎだと」
ぴしゃりと切り捨てられ、なおも抗議を上げ掛けたが続行される『処置』に上げた声は悲鳴へと変わる。その名残がさめやらぬうち、ぱたぱたと足音を響かせて、一人の男子生徒が駆け寄ってきた。
クルト達の側に近寄ると肺から息を吐き出す。肩ほどで揃えられた深緑色の髪が、荒い息で揺れている。息が整わぬ内に顔を上げ、深々と礼。
「あ。遅くなりまして申し訳ありません。クルトさんがお呼びとかでわざわざお呼びだて頂きまして」
「前置きは良いわ!! 一応状況を一目で見て理解してくれるととっても嬉しいんだけど!」
普段なら褒めるところだが、状況が見えていないようにも見える礼儀正しさに既にぐったりとしている怪我人を指し示す。別の意味で死相が出ている。出来る限り視線をそらしたが、ルフィの掌が赤く染まっているのが確認出来た。
「そうですね。では、チェリオさん。処置室に参りましょうか」
ケリーは、ずれた眼鏡の縁を軽く指先で引っかけ、元の位置に戻す。青年の肩が跳ねた。
痛みではない何かに顔を青ざめさせ、かぶりを振る。
「……保健室は。行かん。行かんからな」
虫の息で首を横に振りつづけるチェリオ。意識は朦朧としかけているはずなのだが、口調は妙にハッキリとしている。
「アンタ。この期に及んで」
断固とした反応にクルトはまなじりを吊り上げる。確かに保健室では彼の苦手な人物が今頃鼻歌を歌っていることだろう。が、大出血を放っておいて良いはずもない。
いや、天秤に掛ける時点で間違っている。ケリーは駄々をこねる子供を見とがめたような眼差しで年の離れたチェリオを眺め、優しく諭す。
「大丈夫ですよ。処置室は保健室とは違います。まあ、空き室に治療に適した品々が置いてあるだけですから。ルフィさん、運ぶのをお願いしても宜しいですか」
続けて『僕は力に自信がないので』と少年を見た。
「うん。任せて」
力強く頷くルフィ。
「後、お手伝いもお頼みしても宜しいでしょうか」
「大丈夫。出来ることがあれば僕に言ってね」
二人ともおっとりした口調だがとんとん拍子で話がまとまっていく。口を挟むヒマもない。
「ねえ。ケリー…」
尋ねようとして口をつぐむ。二人の会話をジャマしたくはない。クルトの考えを見越したようにケリーはにこりと笑みを浮かべ、
「傷自体は浅くはありませんが抉れていませんし、少々臓器がやられてる可能性もありますけど。チェリオさんの様子を見る限り処置をすれば命には関わることはないでしょう。楽観は出来ませんが」
ローブの襟元を正す。しばらく黙考した後、
「じ、じゃ。あたし。先に帰るね」
クルトはぎこちない笑顔を浮かべ、片手を振った。ケリーが意外そうに眼鏡の奥の瞳を瞬かせる。
「え。診なくても良いんですか? 心配でしょう」
尋ねられた言葉にクルトは一瞬口を閉ざし、
「……陣。使うんでしょ。あたしが居るとジャマだもの」
曖昧に微笑んで首を振る。普通の医療なら少女が居ても問題はないが、ケリーが得意としているのは魔術を使った魔術医療。処置室と呼ばれる部屋に患者の治癒力を促す陣を張り、外と内から治療していく。普通の人間が入り込んだところで問題はないが、クルトほどに魔力が強くなると陣が変な方向に暴走しないとも限らない。
「お気遣いありがとうございます」
クルトの言葉の理由に気が付き、ケリーが深々と頭を下げる。周りの幼なじみが礼儀に欠けているワケではないが、どうにもここまで大げさに礼を言われるのは今だに慣れない。
「そ、そんなかしこまらなくても。でも、うん。三人とも頑張ってね」
両手を左右に振り、小さく笑うとクルトはにっこりと笑みを浮かべる。
「え、あ。うん」
嬉しげに頷くルフィ。集中が途切れたせいか、力加減が微妙にずれて青年が呻いた。
「三人?」
痛みを堪えつつ、青年は疑問を喉から吐き出す。非難する気力はないらしい。ケリーはしばらく黙すと、不思議そうなチェリオの表情に苦笑する。
「鈍いんですね。あなたのことを心配してるんですよ」
「………思ったよりハッキリ言う性格なんだな」
少女の姿を探すがもう居ない。身体の血が減っているせいか、砂を詰めた袋よりも重い。自重に耐えきれず頭を落とす。
「済みません。ともかく処置を急ぎましょう出血はまだありますから」
悪気のない素振りで謝り、ケリーはルフィに目を向けた。
ルフィは自分よりも体格のある青年をあっさりと抱え。
「はい!!」
小走りで校舎へと向かう。「止めろ」とか「自分で歩ける」等という説得力の無い抵抗の声が上の方で聞こえたが無論無視されている。微かに吹いた風に深緑の瞳を軽く閉じ、一足遅れて舞い落ちる木の葉のようにケリーも静かに後へ続いた。
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