大地と水晶-5






 空気に混じった砂が、辺りを黄色く染め上げる。
いつもの校庭。千切れたボールの切れ端が爆風に煽られる梢に引っかかっている。
 何度回転する空を見たんだったか。
「あ、っつー」
 そんなことを思いつつ、クルトは地面に転がったまま、かぶりを振る。鼓膜が余韻で震え、雑音を紡ぎ出す。幸か不幸かこの手の爆風には慣れている。目眩はそんなに酷くない。
 頬と腕に掌を触れさせ、少女は僅かに顔をしかめた。
 一瞬しか熱を感じなかったが、露出していた手足や顔がひりひりする。いきなり起こった魔剣士の衝突にちょっとだけ巻き込まれたらしい。離れていなければ産毛が軽く縮れる程度では済まなかっただろう。
「くそ。魔剣の威力は互角。いや、相殺されるから魔剣は無意味か」
 軽く舌打ちして、掲げていた赤い刀身を鞘に収める。うつ伏せで倒れる少女に視線すら向けない。力一杯掌で地面を叩き、
「蒸し焼きになるかと思ったわッ」
 全く気にしていない青年に、クルトは牙を剥く。危うく焼き人間になるところだった。
「ああ、まだ居たのか。離れておけ、肌が軽く炙られただけで済んで良かったな。幸運だ」
「やるんなら合図くらい出してよね!」
 もの凄く人ごとの答えに少女は唸った。こういう場面でなければ蹴り位入れている。
「無理。不可能。非効率的だ」
 すぐさま否定が三個ほど返ってきた。
「く……むかつく。けど! とにかく、何とかやっつけちゃってよね。そいつはチェリオ以上にムカツク奴なんだから」
 答えはない。
「ちょっとチェリオ聞いてる!?」
「喧しい。サッサと消えろ。鼓膜に響く」
 つれない声と、パタパタと手の甲で向こうへ行けと無言の合図。
「むっか。消えますよ。消えるんだから、消えてやるわよ言われなくても」
 肩を怒らせ、立ち上がり、膝に付いた砂を払って前に進もうとして少女はぴたりと止まった。数度足を踏み出そうとして、青い空を眺める。
「……消え。消えられると良いなぁ」
 ぼそりと吐き出した呻きは、微かな葉擦れの音に紛れた。
「どうした。早く消えろと」
 頬に手を当て、宙に視線を注ぐ少女をチェリオは半眼で睨み付ける。
「いやでも、その」
 いつもなら小動物のように威嚇してくるのだが、違った。
 困り切った表情で人差し指を正面へ向ける。何か動揺しているのか僅かに曲がった指先はふらふらと頼りない。
「何か不都合でもあったのか?」
 流石に少女の様子がおかしいことに気が付き、青年は眉根を寄せる。
 クルトは額に軽く指先を当て、
「壁。あるし。どうしたものかと」
 そう告げると正面に向けてまだ忍ばせていたらしい残りの小石を放り投げる。澄んだ音と共に石がこちらに向かってはじかれた。
「ちょっとそこの馬鹿魔剣士! 無関係でか弱い女の子を一緒に閉じこめないでよ。
 この壁開けてよ。範囲は広いみたいだけどまかりまちがって良い感じにコゲちゃったらどうするのよ!?」
 甲高い非難の台詞に迷う翡翠色の刃。すぐに振り下ろさないのは先ほどの気迫と威圧に押されてだろうか。黙したままそれを見つめる青年の脳裏に、微かだがちろりと舌を出した疑問が頭を掠めた。
「……何かデカイ術でも使う気だったのか?」
 何となく嫌な予感がし、視線を向ける。少女は小さく肩を震わせ、
「いや、まあ。そう言うわけではないですが。少し考えていたのも否定できない事実と言いますか」
 もにゅもにょと声にならない呟きを口の中で転がし、つ、とぎこちなく目をそらす。
「使う気だったというんだそれは。それに言葉が怪しくなってるぞお前」
「何を仰る親方。あたしはこれが普段の言動ですわ。おほほほほ」
 更に答えが崩れていく。微妙にかしこまった言葉遣いが違和感となって妙に気持ち悪い。嫌悪とまでは行かないが、無理矢理逆立てた羽毛を首筋に押し付けられたような気分。
「あぁ、もう今更深くは言わんが」
追及することでそれが悪化することを恐れ、チェリオは嘆息を一つ漏らして首を振った。
 問うだけ無駄だということも今までの経験からいって分かっていることだ。たとえ少女が認めたとして、僅かなりとて反省したとして。無意識から来る彼女の破天荒な行動は止められない。問答するだけ時間と体力と気力の無駄だ。
 言わば天災のようなものだと半端諦めている。
「これは共同戦線って事?」
 青年の心中も知らず、少女は下唇に人差し指を当て、童女のようにこくんと首をかしげた。姿だけなら小動物だなと、思いつつチェリオは溜息を吐き出す。
「阿呆。魔剣士相手にお前が歯が立つと思うか」
 苛立ちで無意識に指先を動かしたらしく、力なく垂れ下がった刃が小さな音を立てた。
「今まで立ってたけど。充分に。存分に」
 ――朝の喧嘩で魔術を一発。昼の言い合いで蹴りと拳を数発。帰り際の口論で首を絞める。
 今まで少女がチェリオを地に伏せた回数は両手で足りないほど。これで歯が立っていないとは一体どういう意味だろうと言いたくなっても仕方がない。
「…………まあ少しは、手加減をしてやっていた俺に感謝しろ。剣術が優れた剣士に体術を軽く噛んだお前が敵う道理がない」
 口の中で舌打ちをしたのか、くぐもった音が微かに聞こえた。青年が気まずげに視線をずらす。
「アレが手加減!? あんた言葉の使い方間違えてるわよ。あ、ああ。そっか、一応アレ手加減だったんだ。真剣が前髪掠めたり頬を抉りかけたことがたびたびあったけど」
「手加減だ。慣れないせいかなかなか上手くいかんが」
 注がれた冷たい視線に、ますます居心地が悪いのか今度はハッキリと舌を打つ音。
「うーん。やっぱりお荷物のあたしは頑張って逃げるしかないか」
ふと何度目とも知れない動作で空を見上げ。ひらめいた。

 




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