大地と水晶-3





「あー、やっちゃった」
 霞んでいた風景がようやく元に戻った。
 相手の唖然とした表情に、紫色の髪を掻き上げ、笑う。彼の左手の甲に血が滲んでいる。
 僅かな抵抗は功を奏したようだ。とはいえ心を満たすモノは自己満足に近い。
「お前、素人ではないな。魔術師か!?」
 剣を避けただけではなく、豹変した少女の態度に相手が警戒を露わにする。
「ばれちゃった。あんた場所知ってて喧嘩売ってたんじゃないの?」
 マントを払って言う。ここまであからさまだといっそ清々しい豹変ぶり。
「魔剣士対魔剣士、ね。世にも珍しい職種をまさか生で二人もお目に掛けられるとは夢にも思わなかったわ」
 出したのは軽い口調だが、クルトは内心(ほぞ)をかんだ。相手でも青年でもなく、自分の失策と、甘さを呪う。
「だから、読み違えたか」
「…………」 
否定はしない。正解だからだ。チェリオの名前と職業を知っていた時点で予測すべき展開だとも言えた。致命的な読み違え。
「世の中広いって事ね。攻撃があるなら防御や補助。可能性を考えなかったあたしが悪いわ」
「隠さないのか」
 皮肉に口元を吊り上げる剣士の手元に、鈍い光を放つ剣。刀身は淡く翡翠色に輝いている。
「数少ない魔剣士に立ち向かうのは無謀な剣士だけとは限らない。あんたが魔剣士だったのは不運だったわ。それとも伝説の魔導師で無かっただけ不幸中の幸いなのかしら」
 言って少女は初見の剣に視線を向け、小さく笑う。可能性を上げればきりがない。
 だが、予想された展開だけに考慮の足らなかった自分を蹴りたくなる。もう少し踏み込んで考えておけば他にも距離が取れる手を考えられたはず。今更心で地団駄を踏んだところでもう遅い。距離が取れたと言っても数呼吸で詰められる位置に少女はいた。
(たく。あー、あたしの間抜け馬鹿考え無し! 状況悪くなったじゃないのよ。計画図に粗出まくってるじゃないもう少し練ってからやるんだった!! うう、ともかくよ。チェリオは放っておくとして、どう逃げたものかしらね)
 頭の中でひとしきり無能な自分を罵った後、考えを切り替える。
 愚痴ったところで事態は好転しない。現段階で可能な限りの手を打つしかないだろう。青年の安否はプロなので自力でどうにかして貰うことにする。
「不幸中の不幸だ。女といえども容赦はしない。特に魔術師は嫌いでな」
 声と共に掲げられた刀身。焼いた石を近づけられ肌を燻されたような緊張感。だが、少女は動かなかった。チェリオと張り合うせいか、この手の殺気には慣れている。別に恐怖は感じない。チェリオの位置を確認、自分より相手の側にいる。
「焦らそうとしても無駄よ。道化以下の演技なんてゴメンだわ」
 片腕をふり、気怠い声を吐き出す。今更素人の振りをしたところで無駄に攻撃の隙を与えるだけだ。情感もなにも無さそうな相手が、逃げ出した背中をバッサリ一刀。笑えない。
「ほう。ある程度場数は踏んでいるか」
「そうでもないけどね。熟練した魔剣士様には到底追いつけない未熟者よ」
 感嘆の溜息に視線を落とし、地面の砂を足先で掻く。特に意味はない行為だが、魔術師相手にそうは思わなかったのか、剣士……いや魔剣士は油断無く身構える。横目で見ると少しずつチェリオが魔剣士へ距離を詰めていく。少女の行動が気になってか、そちらには目が行かないようだ。
張りつめる緊張。
 砂利を踏みしめる微かな音が固い沈黙にヒビを入れる。
「クルト。何やって」
 続く呆けたような少年の台詞。空色の瞳が大きく見開かれている。
 割れる緊張、衝動的な反撃。連鎖は止まらない。緩和した緊張の隙間を縫い、相手の魔剣士が指先に力を込めた。目の前の獣が顎門を開きかけた事に気が付き、少女の顔色が一気に変わる。
 目標が自分自身ではないことに気が付いて。
「ルフィ、避けて!」
 今まで余裕を貫いていたはずのクルトの一言と反応は、口火を切るのに十分過ぎた。

 




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