厨房は慌ただしかった。
デザートを作るパティシエ。飲みモノを運ぶウェイター。
殆ど戦争のような状態の厨房の近くに、目的の人物は居た。
「お、もう良いのか?」
スレイを見かけると、先ほどの厳しい表情が嘘のように緩み、快活な調子で尋ねてくる。
どうやら、ここしばらくの仕事ぶりが気に入られたらしかった。
「あ、はい……あの、ですね」
どう言おうかと思いながら、話を続ける。
「ん? どうした。煮えきらない言葉で」
幼なじみの少女と似たような事を言われたので、そのまま言う事に決めた。
チーフを見、
「オレの知り合いが今居るんですけど、雇ってくれって」
そう言ってクルトの居る方向をちらりと見る。
「あー。その子につたえな。もう金が払える余裕は無いくらい雇って――――」
予想通りの答え。
それを皆まで言わさず、
「伝えたんですけど、無償で雇ってくれって言ってるんですけど。どうします?」
スレイはあっけらかんとそう尋ねた。
その時みたチーフの表情は、今まで見た中で一番、面白かった。
「ん? 早かったわねー。もう良いの?」
あまり経たずに戻ってきたスレイの顔を見て、クルトは驚いたように尋ねた。
肩をすくめ、答える。
「ああ。話、ついたぞ」
「ここか。その変わり者の嬢ちゃんが居るってのは」
「うわっ。吃驚したー」
にゅっと、前触れ無く顔を出した人影に驚き、クルトは怯んだように机の下にずり落ちた。
「ん。コイツが変わり者の奴です」
スレイの紹介に合わせ、元気よく片手を上げる。
「クルト・ランドゥールです。宜しくお願いしまーすっ」
「本気で無償でする気か?」
「そりゃもちろん」
ジロジロとクルトを見回し、当然だが信じられないような声で尋ねてきた。
力強く大まじめに頷く。
「タダでこき使うって言うの、結構無理があると思うんですけど。
まあ、本人マジみたいですけど」
「うむ。じゃあ、どうするか」
「パフェでも好きな時に食べれるようにする。位でいーんじゃないでしょうか。
多分それだけで馬車馬のように働くんで」
唸るチーフに、そう提案する。
かく言うクルトは複雑そうな顔で俯き、
「うっ。否定できないところが悲しい……」
否定できずにうめき声を上げていた。
「で、どの位――」
「……一個……いや、二個行くか行かないか。程度だと思いますけど。
長年のオレの見立てに寄れば。それに、あんま喰うと太るし」
目配せで尋ねられ、少し考えて答える。
後で小さく付け加えられた一言に、ぴく。とクルトが僅かに反応した。
「う。頑張って動いて一杯分くらいはカロリー減らさないと」
下の方で小さくファイティングポーズをとり、気合いを上げた。
「うむ。じゃあ、今日からでも」
「あ? 今からなんだ」
チーフの言葉に目をしばたたかせ、辺りを見る。
「今日は立て込んでいてな。制服はアッチにあるからすぐに頼む」
そう言って、忙しさを代弁するような足音を立てて去っていった。
「あっちって…どっち?」
「こっちだよ。こーっち」
目を点にしたまま首をかしげる幼なじみを見、スレイは苦笑混じりに関係者用の更衣室へ連れて行った。
「はーい。少しお待ち下さい」
パタパタと忙しく走り回る足音が聞こえる。
新装開店したにしても、かなり多い量のお客が押し寄せ、途切れる事を知らなかった。
クルクルと、あちこちを目まぐるしく走り回るクルトの二つに結わえた紫水晶のような髪が、動きに合わせて揺れる。
兎の耳のようにも見えたし、馬の尻尾の先のようにも見えた。
「コッチはそっちで、アッチはアレ……
あーーー忙しいよーーっ」
等と少し泣き言を漏らしつつ、注文の品を運ぶ。
「うわ。すげ……アイツこういうのに向いてるんじゃねーか」
休み無く動き回る幼なじみの手際に、度肝を抜かれたようにスレイが呻く。
隣でチーフは頷き、
「コレは良い拾い物をしたな」
と、満足げに呟いた。
数日後。格好良い少年が居る店に、新たに『滅多に現れない』が、可愛い「らしい」少女が勤めている。という噂が流れ、ますますお店は繁盛を極めるのだった……。
そして、その噂を聞きつけた弟たちが来店する事になり、
クルトと二人仲良くバイトをしている姿を見つけられたスレイが、あわてふためき。
『コレは小遣い稼ぎだ!』と叫ぶの事になる。
だがそれは、――それから更に数日が過ぎた頃の話である。
《Small consideration【小さな思いやり】/終わり》 |