沈黙を驚愕と取ったか、ただ単にヒマだったのか。自慢げな調子でその魔剣は話し始める。
《オレ様――いや、我が名は『流星剣』誇り高き星属性の剣だ。どうだ驚いたか》
「……ああ、そう、だな。驚いた」
――ここまで脳天気な口調の剣に。と思わず思念にのせかけて止める。
《星の属性?》
同じく呆れの為に沈黙していたらしい闇の魔剣が口を挟む。
《闇ではないのか。確かに闇にしては》
阿呆だが。と言いそうにでもなったのか、途中で言葉を切った。
《そこのお高くとまった奴は闇の眷属か》
《お高くとまっているかどうかはともかく、我は星の属性などと聞いたこともない》
誇り高き闇の魔剣は、こんな馬鹿は相手に出来ぬとばかりにぞんざいな口調で言い放つ。
もう一度地面から刀身を抜こうとしたが、やはり動かない。先程よりも地面に吸い付いたような気すらする。
「……俺も聞いたことはない。メテオスソードだったな、俺は魔剣士ではあるんだが、何故抜かせない」
《それは、オレ様が選ばれた剣であるからだ》
自信に溢れた答え。
「…………」
しばし天井を見上げる。同じ気持ちであろう闇の魔剣も沈黙を共有した。笑い飛ばしてやりたいが、それをこらえてマジメに声を出す。
「伝説の剣ならともかく、魔剣に選ばれたも何もないだろう。敢えて言うなら俺のような使い手がそれだろう」
《いいや。違う》
星の属性らしい魔剣はキッパリと言い切った。
《勇者でないとオレ様のような剣は抜けないのだ! 闇の剣なんか抱えている奴には抜けん!》
胸でも張りそうな声高な台詞に。
――お前は伝説の剣かなにかか!?
予期せぬ所で闇の剣との思念がハモり、しばらく止まる。
変人には慣れていたつもりだった。『我が世界を制する』と曰うアクの強い剣にも耐性が出来ていた。
だが、『オレ様は伝説の剣だ闇っぽい奴には触らせん』と抜かす剣は初めてだ。というかそんなものがこの世に存在すること自体嘘のようだ。
「ダメか」
《ダメだな。勇者じゃないとダメだ》
現実は現実だ。現に伝説の剣気分の魔剣が居る。
小さく溜息。そして辺りに鞘らしきモノがないことを確認して目を閉じ空気を読む。
魔力は、無い。あるとしても微かな風で吹き散る程の僅かな濃さだ。
なるほど、な。
それを感じ取り、青年は肩の力を抜いた。
「分かった。お前をモノにするのは諦めよう。せいぜい、勇者が来るまで待つがいい」
《出会いの一つとして覚えて居てやるぞ魔剣士! 次あったときは敵かも知れないがなっ》
馬鹿笑いを響かせる剣を背に、出口を目指す。かち、と強く共鳴する為にか、闇の魔剣が自ら刀身を長めに引き出した。
《良かったのか?》
別に構わない。あのままにしておけ。
思念で小さく吐き捨てた。
《雑魚とはいえあやつも魔剣の端くれ。多少の手足にはなるのではないか》
出口の光が見え、足を止める。
「阿呆。あの空気、あの剣の力で分からないか。もうアイツに力は残ってない――持って後一、二年て所か」
《……力を注げばまだ使えるかもしれんぞ》
「そんなもんに注ぐ力はない。回復する可能性も五分五分だ。それに、アイツが従属する可能性も無さそうだろう。
夢があるならそれを抱えて朽ちさせるのも悪くない」
《夢ではなく。思いこみかもしれぬな》
何時か尽きる命を恐怖するのは人間だけではない。感情がある全てのモノ。
感情を持つ魔剣は力が強いことは多く、そして人と同じ思考を持つ。ならば、徐々に失われ行く力に恐怖し。現実から逃避しても不思議ではない。
アイツがいればどうだったか。助かったのか?
今は居ない少女の姿が一瞬浮かび、かぶりを振った。
必要なときに必要な人物が居ないのならば、考えるだけ無駄なこと。朽ちるモノは朽ちる。
運命とはそう言うもの。
《連れてくるか》
「魔剣士でない奴に触れる保証も。抜けるはずもない。ただの徒労だ」
からかいとも、本気ともつかない魔剣の思念に呟く。
「補充しても鞘がなければ魔力は抜けていくだけだ。意識破綻した剣は使い物にもならんだろう」
《まあ、そうではあるな。ならば力だけ頂いていくか?》
「止めておく。長い時を生きた剣だろう。短い夢ぐらい見せてやれ」
《優しいことだ》
「逆だな」
いっそ息の根を止めた方がこの場合優しいことを青年は分かっていた。
ただ、そうしなかったのは、
「アイツは伝説の剣になれると思うか?」
何処かの誰かのように、可能性を信じてみようと思ったのかも知れない。低い声が問いかけに答える。
《さあ。我が知る分では並の術師よりタチの悪い魔導師見習いもいるから、よく分からぬな》
「違いないな」
微かな皮肉に白いマントを翻し、青年は薄く笑った。
余り混雑していない喫茶店のテラスでカップを傾け、村で安いとは言えないコーヒーを啜る。
整った顔立ちにか、白いマントと剣という違和感のある風貌にか視線は集中するものの声はかけられない。
素人にも分かる近寄りがたい空気。張りつめた気配と隙のない動作。
ゆったりとカップを揺らす動きにすら声をかける隙がない。周りの静けさもお構いなく口の中で香りを転がす。
微かなざわめきをかき消す声に、ある種優雅と取れる青年の動きが止まった。
「あっれ、お帰り。いつ帰ってきてたのよチェリオ」
跳ねるような動作で紫の髪と新緑色のマントをなびかせ、見慣れた少女が顔を覗かせた。
根無し草だった彼が、初めてお帰りと言われたのは何時だっただろうか。
そんな記憶も忘れる程に言われた久々の言葉。
「ん。一日程前、な」
僅かな音も許されないカップは、沈黙を守って皿の上に置かれた。
「で、魔剣。見つかった? まあ見つかった訳はないわよね、こんな短期間で。
どうせせいぜい方々歩き回ったあげく町とか村おこしを盛り上げ続けたくらいでしょ」
見抜かれ切った台詞に視線が少しずれる。
「まあ落ち込まない落ち込まない。この辺り最近冒険者増えたからその手の紛らわしい行事流行ってるのよ」
「知ってたなら、教えろ」
大きな瞳をパチンと瞬いて、少女は唇に指を当て小さく首を傾けた。
「……言うの忘れたというか、言わなくてガッカリするチェリオの表情を多少見たい気分に駆られたというか」
柔らかく揺れる紫のツインテール。
「おい」
「実際の所どうな訳。村おこしでもなんか途中で良い物拾ったーとかなかった? たまにはあたりがあるとか」
「……まあ、伝説の剣を夢見る剣に出会ったぐらいだ」
瞬間。ぶば、と側で少女が吹き出し。周囲から非難の視線を浴びて必死に笑いをかみ殺す。
「いや、嘘でしょ」
「さあなぁ」
真実だと告げることはせず、青年は曖昧に言葉を濁した。
抜き身の刀身を地面に突き立て、今でも静かに主を待ち続ける剣を思って。
《チェリオの魔剣探索紀行/おわり》
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