力をこの手に-5





  戦闘が済んだ後、そそくさと逃げるように全員が奥へと進んだ。
 また魔物に会う可能性があったから。
 そして、終わった後の状況が、もの凄かったせい……
 どちらかというと後者の理由が大きい。
 何しろ辺りは血まみれ、胴体が泣き別れしているものや、牙が折れているもの。
 あまり直視していて気持ちいいものでもない。
 約一名は特に気にならないようだったが。
 そんなわけで、一つしかない道を選んだのは当然の成り行きといえよう。
どういう手法を使っているのか、金だらいにも似た床を踏みしめ、足音も立てず、二人は進む。
 後ろに続く少女はと言うと、勿論そんな器用な真似が出来るはずもなく、ガコボコといささか間抜けな鈍い音をたて、進む。
「うぅ……」
 やはり自分一人だけ騒がしいと気になるのか、肩身が狭そうにクルトは呻いた。
(何でコイツらこんなに静かに歩けるんだろ)
 チェリオは経験。そして、ルフィは授業で習った事を実戦しているだけなのだが、授業中寝る事の多い少女は知るよしもない。
両手を広げて何とか通れる程の広さの廊下を進み、抜けた先はホール。
 ホールと言っても良いものだろうか。
 確かに、形はホールなのだが、その広さは三人が両手をつないで横に広がってしまえば詰まってしまう程。
 早い話が小さいのだ。
 この大きさであれば、ホールと言うよりは大きめの部屋と言った方が良いだろう。
「他に出口はない、な」
 辺りに視線を這わせたチェリオが、ひとりごちる。
 確かに、彼の言う通り他に出入り口は無さそうだった。
 目を引くものと言えば、地面と同じ素材を使った台座がただあるだけ。 
「なにかしらあれ」
「罠……か?」
「ど、どうだろ」
問われた言葉に青年は眉を寄せ、ルフィは少女じみた顔を僅かに曇らせた。
「まあ、行ってみれば分かるわよ」
 それは確かにそうなのだが、警戒心というものが欠けている気がする。
「あ、ちょっとクルト〜!」
「あ、おい!」
 トテトテと至って普通の足取りで近寄っていく少女に、ちょっと情けないような少年の静止の言葉と、青年の言葉が向けられる。
 台座をのぞき込んだ一瞬、動きを止めたクルトだったが、
「んーと。剣、が……ある、かな」
何処か歯にモノが詰まったような曖昧な声を漏らす。
「本当か?」
 訝しげに尋ねる言葉に曖昧な笑みを浮かべ、
「本当よ。多分一応剣ね」
 そう言って嘆息する。
『?』
 そんな少女の言葉に二人は首をかしげ、台座に向かった。
 そして―――
『こ、これは……』
 中を覗いた瞬間、一歩後ずさり、二人は呻いた。
「けん、…だな」
「うん、けん……だよ、ね」
 取り敢えず確認を取るように顔を見合わせ、頷く。
 シンプルな箱に収められ、柔らかな青い布の上に鎮座するのは紛れもなく一振りの剣。
柔らかな曲線を描くその姿は、美麗の一言。
 柄に掛けられた手間も尋常ではなく、細工が施されている。
「……良かったわね、凄い剣じゃない」
 特にその道に精通もしていないクルトが、小さく言葉を漏らす。
 それに突っ込みも入れず、
「……凄いか?」
 苦いものをかみつぶしたような重い声音でチェリオは呻いた。
 苦渋の表情らしきものを浮かべる青年を肩越しに見、
「いや、これもある意味凄いわよ。持って帰る?」
 ポリポリと頬を掻きながらクルトは肩をすくめた。
「……うん、これ凄いね」
 相槌を打ちながらルフィも同意する。
 確かに素晴らしい出来だった。
 恐らく振るえば面白い程に切れ味を発揮するだろう。
銀の残像が敵を散らすその姿は、星屑の様とも言われるかもしれない。
 手に持てれば。
 ―― 米粒並の大きさでなければ。
「こんなのが使えるかーーー!?」
 目の前にある刀身を眺め、チェリオは指をわななかせた。
 指先で、吹き飛びかけた箱を押さえてクルトは叫んだ。
「ああっ、暴れると吹き飛ぶわよ」
「そうだよ。小さいんだから」
ルフィもそれに同意する。
「で、お持ち帰り?」
「…………そうだな」
 コレクター魂は捨てきれないらしく、散々文句を言っては居たが青年は頷いた。
 布ごと剣を取り上げ、彼にしては丁寧に仕舞う。
幾ら小さくても剣は剣らしい。
「それにしても、他の剣は……ん?」 
 そこで、クルトが首をかしげた。
台座に小さな出っ張り。
 手を伸ばし、
「あ、怪しい所には触るなよ」
途中で留まり欠けた所で声を掛けられたから堪らない。
「うや!?」
 バランスを崩し、『ぽち』と、間の抜けた音が全員の耳に染み渡った。
 台座に寄りかかった少女の肘が、怪しい出っ張りを捉えている。
 引きつった表情で、青年はぐい、とクルトのマントを引っ張り上げ、
「阿呆かお前は!」
 殺気と言っても過言ではないモノを含んだ呻きを漏らす。
 怯まず少女は頬をふくらませ、
「何よ、いきなり声かけるのが悪いんじゃない。 踏みとどまってたのに!」
 びし、と指を突きつけた。
 マントを掴まれたまま、いまいち凄みのない格好で。
 軽く二人の肩をポンポンと叩き、
「あの……二人とも」
 もの凄く言いにくそうな声でルフィが眺める。
「普通は言わなくても触らない。お前が……なんだ?」
振り向いたチェリオの言葉に応えず、横を指さす。
「…………あら」
 そちらを向き、クルトが口に手を当て、小さく声をあげた。
 少年が示した壁には亀裂が走り、徐々にそれが広がっていく。
 緊張感に欠ける少女の言葉を振り払うように掴むのを襟首に変え、
「あら、じゃない! 出るぞッ」
 言いながらルフィの腕を引っ掴み、文句が飛ぶ前に駆けだした。
「もう少しレディは労るモノよ!」
「冗談言っている場合かッ」
 憤然とした少女の言葉に突っ込みを入れながら、前方に落ちてきた瓦礫をさける。
 先程の場所まで戻る、後方で瓦礫が魔物の屍を押しつぶすのが見えた。
「あぁぁぁ!?」
 恐怖ではなく、何かを発見したような少女の驚きの声。
 バタバタと手を振り回し、しきりに何かを指さす。 
「チ、チェリオ……あれ、あれ!」
 だが、そんなモノに構っている余裕はない。
「煩い! 非常事態だちっとは黙れ」
「いやだから……って、倒れてきたーーー」
 まだ更に何か言いかけた少女の言葉が悲鳴に変わる。
「マジか……」
 そこで、ある事に気が付いてチェリオは白いマントを翻し、更に加速した。
 後ろから影が伸びる。
 長い……長い、影。
 こちらに向かって真っ直ぐに。
 樹が切り倒されるような動きで傾ぐ。
「柱が…た、倒れてきてるよーー」
 泣き声のような少年の声。
「冗談じゃないッ」
 刃物じみた柱にぶつかってしまえば、即致命傷だ。
 まあ、元より柱に潰されれば致命的なのだが。
常人では不可能では無かろうか、と言う程の動きで落盤を避け、かいくぐり、駆け抜け。
 出入り口が塞がれる一瞬前、外に飛び出て。

 ―――気が付くと、小高い丘の上まで避難していた。 

 ガラガラという音が、こちらにまで聞こえてくるような激しい陥没。
 白い壁面がひび割れ、崩れ落ちる。
 そして……
「あーあ。壊れちゃったわね」
「な……」
「え……あれ!?」
 崩れた瓦礫に残るのは、鈍い光を放つ銀色の―――
「んで、どうする?」
風が少女の髪を持ち上げ、マントを弄ぶ。
 大気にさらされ、土煙から出現したのは……
「どうすると言われてもな」
 悪戯っぽい少女の言葉に、チェリオは呻いた。
「お持ち帰り?」
「無理だろ」
「確かに、五本だったね」
 感心したようにルフィが呟く。
 瓦礫に残ったのは、森から頭を覗かせる程の、剣が四振り。
先程の遺跡並、という事は全長は十メートル程。
鈍い光を放つ両刃が夕日に照らされ、赤く輝く。
 全員の気持ちを代弁するように、冷たい空気が頬を撫でる。
「持ち帰れない……」
 ちょっとだけ、残念そうに……チェリオが呟くのが聞こえた気がした。



《力をこの手に/終わり》




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