力をこの手に-4





 ぎぃん。
鋼が噛み合う鈍い、音。
「俺はこの三匹を片付ける、お前達は手持ちの奴をつぶせ」
刹那の速さで引き抜いた剣で、魔物の牙を食い止め、二人を見ずに青年は言い放った。
『ウゥアァ…』 
 口惜しげに、暗闇で爛々と光る瞳を細め、獣は牙で刃を噛んだまま低い声で呻く。
「オッケー。分かったわ」
「うん」
 チェリオの言葉に、二人は文句は言わず直ぐに頷いた。
 この魔物の特性を知っているからこその返答だった。
 フレイア・キャッツ。個々の戦闘力よりも恐れられるものがある。
それは、集団での団結性と、戦闘能力。
群れを成す獣に、集団で襲いかかられたら、いかに熟練の剣士であろうと、敗れる事がある。
 流石に、そんな魔物の前で文句を言う余裕はない。
 噛み合わせていた剣で一旦相手の牙を弾き、
「後、派手には破壊するな。支柱の柱が崩れる」
 一撃をくわえ、一言。
「お、おっけー」
 釘を刺され、クルトは呻くように頷いた。
『グァゥ』
 猫のような俊敏な動きで、剣戟から逃れ、獣は殺意のこもった視線でチェリオを見据える。
「さあ、来い。野良猫」
 微かに口元をつり上げ、チェリオは悠然と魔物に向かって剣を突きつけた。
 

 次に動いたのは、クルトだった。
 空気に触れるような柔らかな手の動き。
 そして、静かな歌うような呪。
「母なる大地 たゆたう風よ 岩より鋭き力  風より速く駆ける力 我が力に」
薄い、光が少女の腕や足首に絡み付く。
 更に詠唱は続いていく。
「我が願うは幽玄(ゆうげん)なる力 全ての母なりし力よ 我の求めに応じ」
 ピリピリとした空気が辺りにあふれ出る。
 そこで危険を感じたのか、魔物達が飛びかかった。
「ウアァァヴァッ!」
 身の毛のよだつような雄叫びにも、余裕の表情で続きの呪を唱え始め、後ろに跳躍――
「其の大いなる力を示……」 
しようとした所でクルトの顔色が変わった。
「え?」
 横で見ていたルフィが、驚いたような声をあげる。
 彼女が呪文を止めたせいで完成間際の魔術構成が崩れ、砕け散ったからだ。 
 後一言。それだけで終わっていたはずなのに。
 だが、それに構わずに、クルトは横に跳ぶ。
「くっ……」
 二匹分の爪の攻撃を何とかかわし、呻く。
 今のは、危うい所だった。
 視界の端でしか見えなかったが、ギリギリで脇腹と背中を掠め、爪が過ぎた。
 その証拠に、シャツが僅かだが裂けている。 
 爪と牙で襲いかかる獣を振り払い、
「なにしてる! 何で方向を……ちっ」
怒鳴ろうとした所でチェリオは何かに気が付いたように舌打ちした。
「まずいわね」
 軽くそれに頷き、クルトは獣たちを見た。
「何で今呪文を」
「状況が悪かったからよ」
尋ねられた言葉に、そう言って嘆息する。
「状況……って、あ」
 首をかしげ掛けたルフィも、ようやく気が付いたようだった。
「普通の状態なら後ろに跳んでも、大丈夫でしょうね」
 忌々しげにそう言って、柱を眺める。
 今、彼女が唱えていたのは腕力と脚力を上げる術。
 それが完成した状態で万が一に柱に当たったら、考えなくとも結果は分かり切っていた。 触れただけで皮膚が切れるのだ。下手に当たろうものなら、切断は免れないだろう。
 挽肉や切り身にはなりたくない。
術を解除し、柱のない方向に跳んだのはそのためだ。
「結構制限が多いわよ。あまりはね回るのも危険みたいだわ」
 首を振り、ウンザリしたような少女の台詞が終わるか終わらないかというウチに、朱の獣が少年に向かって跳躍する。
 冷静に軽く体を反らし、
「……やッ!」
呼気と共に拳で獣の体を薙ぐ。
華奢な少年の腕から繰り出された打撃は、いとも容易く獣の体を地に叩き付けた。
 濁ったような呻きをあげ、手足を痙攣させながら魔物の一匹は力尽きる。
「ふう……びっくり」
額を拭い、ルフィは胸元に手を当て、安堵のため息を漏らした。
「…………」
 ちょっとだけ呆れたようにクルトはそちらを見やり、呪を紡ぐ。
「炎よ集い 我の力なれ 貫く一条の光となり 我に立ちはだかる闇を払え」
 手の平に炎が生まれ出、徐々に槍の形を成し始める。
やはり、野生の本能か、炎の姿を見ると同時に獣たちは僅かに怯んだ様子を見せた。
「火炎槍!」
 その隙を逃さず、一気に呪文を叩き込む。
 紅の槍に腹を貫かれ、獣は断末魔の絶叫をあげ、地に沈み込んだ。
 断末魔と生き物の根底からなる炎の恐怖で、獣達は一瞬立ちすくむ。 
 だが、それは己の命を奪う行為だった。 
「ふん……よそ見は命取りだな」 
涼やかな声と同時に刃が一閃する。
 鮮血が散った。
『ギァウッ!?』
並んで二匹共体を斜めに断たれ、絶命。
「ふん」
 詰まらなさそうに軽く剣を振って、剣に付いた赤い滴を振り払う。
「えいっ!」
 チェリオの戦闘を見て、体がすくんだ様子の手前にいた一匹に、ルフィが拳打を見舞った。
 不幸な事に、勢いよく柱に叩き付けられ、胴と頭が離れる。
「う……わ」
「うげ……」
 まき散らされる色鮮やかな鮮血に、嫌な血臭。
 そして、柔らかなものが地に落ちる鈍い音。  
 僅かに柱から目線をずらし、ルフィとクルトは気分が悪そうに口元を抑えた。
「グ、グロイ光景……」
「うう、済みません御免なさい。あああ」
 嫌そうに呻くクルトとは対照的に、何故か祈るように両手を組み、ルフィは謝っている。
「お前達、戦闘中くらい緊張感持て緊張感ッ!」
がっきと噛み付き掛かる獣の刃を食い止め、青年が歯の根を軋ませるような声音で呻いた。
 苛立ち紛れのように、力を込め、刃をねじる。
『ギアァァッ!』
 ぼぎり、と嫌な音がし、続いて絶叫と何か硬いものが落ちる澄んだ音。
 音の場所に視線を這わすと、地に落ちた紅の牙。
魔物は、自らの体を唇から垂れ流れる自分の血によって、ますます赤く染まらせている。
どうやら力任せに折られたらしい。牙があった場所には不格好なおうとつだけが残されていた。
 痛みで悶え苦しむ獣を、容赦なく銀の刃が腹部を貫く。
「喧しい。耳障りだ」
 背筋が凍えるような冷たい、声音。
 声からは何の感情も読みとれない。
 まるで、魔物が貫かれるのは、当然の成り行きとばかりの目で、屍を見下ろしている。
 栗色の双眸は、魔力の明かりを受け、獣の様な金色にも見えた。
「我望むは(こご)える包容 たゆとう水よ 言葉に応じ冷たき(くさび)となれ」 
前、見た時よりは数段劣る青年の殺気。
 だが、やはり背筋に上るイガのような感覚。
 粟立つ肌を押さえ、少女は言葉を紡ぐ。
 残るは、……一匹。
「氷槍!」
 この間試験で使った時は、あまり役には立たなかったが、狙いさえ外さなければ、この術は相手に大きなダメージを与える。
 今の術では手加減をしていない。
 前回の試験の時とは違い、氷の槍は腕程の長さ、前の五倍程の大きさの槍が虚空に浮かび上がる。
強烈な冷気と、魔力の波に当てられ、魔物が動きを一瞬止める。
 その瞬間をねらい、術を解き放つ。
 僅かに魔物をそれ、槍は地に突き刺さる。
 まき散らされる凍えるような冷気。キィン、澄んだ金属を叩くような音。
 食い込んだ地面が凍り付いていく。
 恐ろしい速さで地面を浸食し、
「ゥアゥウウヴ!?」
 油断をしていた魔物の足に、氷の塊がはい上がり、足の半分が凍り付く。
 冷たさと、痛さと、身動きの取れない事で半ばパニックになった魔物が体を無意味に捻る。
 間違えないようにシッカリと呪を紡ぎ、
「トドメよ、氷槍!」
 放った氷の槍は、今度こそ魔物の体に食い込んで。
 ―――― 一体の氷の彫刻を生み出した。





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