くすんだ色の地図に沿っていった先は、森だった。
森、というのはあまり適切ではないだろう。
しいていうなら木々に飲み込まれた遺跡。
踏み込んだ先は、そんな場所。
生木を折る鈍い音が静かな木立に反響する。
木々を包容するようにまとわりついた蔦。
それらが折り重なり、辺りに夕暮れにも似た薄暗さを醸し出していた。
前方に鎮座するのは、白い、要塞を模した建物。
そう言う表現がしっくりと当てはまる。
蔦が絡まり、おどろおどろしい空気を発しているが、壁面はやや黄ばんでいるものの外傷は殆ど無いに等しい。
遺跡にしては珍しく、人が踏み込んだ形跡もあまり無いようだ。
風が砂塵を吹き上げる。白いマントが流れるように翻り、青年の髪が乱れた。
「…………」
遺跡の入り口で瞳を瞑り、腕組みをしたまま瞑想のように沈黙する。
聞こえるのはざわめきのような梢のさえずり、風の呼応。
「おおっ、遺跡だ遺跡だー♪」
「うん、本当だね」
そして、後ろから突き刺さる少女と少年の緊張感欠ける会話。
この辺りで風情とか情緒とかが消し飛ぶ。元から無かった気もするが。
「お前ら…」
半眼でそちらを見やる。
少女は元気よく、乗り気で無さそうな少年の腕を取り、空いた方で遺跡を示す。
「さあ、レッツゴーよ」
「……あう、やっぱり行くんだ」
紫のツインテールが言葉のたびに跳ね上がり、少年の空色の髪が、うなだれた為に沈む。
どうやら毎度の事だが、無理矢理連れてこられたらしい。
「あたしは何時でも本気よ」
「…………」
(……悪い場合で何時もな)
胸を張る少女の言葉に、青年と少年は黙したまま視線を交わす。
考えている事はほぼ似たようなものらしく、げんなりとした溜め息が二人の唇から漏れ出た。
「なんかいつもの事だけど仲良いのは置いておいて、何で嘆息するのよ!? しかも「ああ、またか」的な諦め混じりの溜め息は何なのよ!」
事実その通りなのだが、そう言うものは得てして本人は気が付かないモノである。
全然全く欠片も自覚のない台詞を少女は吐いて、二人を睨み付けた。
「もうその辺りの事に関しては気にするな。いわば癖だ」
そう、癖だ。嫌な意味で癖になりつつある溜め息をもう一度吐き出し、腰に手を当て刺すような視線を向ける少女に目をやり、口を開いた。
「で、何でお前が居るんだ」
呻くようなチェリオの言葉に少女は人差し指を振り、
「ちっちっち、言葉が間違ってるわよ。この場合、「お前達」が正解じゃない」
何処か楽しそうに言葉を正した。
腕を組んだまま静かに頷き、
「まあ、ルフィはお前に引きずってこられたんだろうから数には入れんが」
ボソリとチェリオは呟いた。彼女は一瞬表情を凍らせた後、
「うっ……ひ、引きずってないもん。頼んだのよ! ね、ねぇ? ルフィ」
ブンブンと勢いよく首を横に振り、何かに縋るように横にいた少年のローブの袖を掴む。
「え、あ。うん」
勢いに押されるようにルフィも首を縦に振る。
大きな空色の瞳は、少しだけ、戸惑うように揺れていた。
その肩を青年はポン、と叩き。
相変わらずの無表情で、
「無理はしなくても良いんだぞ。
この凶悪極まる暴力女に脅されて此処まで連れてこられ――」
だが、言葉半ばで背中に強烈な飛び蹴り(ハイキック)を見まわれ、倒れ伏す。
倒れるチェリオを見ながら、クルトはパンパン、と軽く両手を叩き、
「…………さて、行きましょうか」
白いマントを掴んで無理矢理起きあがらせ、入り口に立たせる。
「え、う、うん」
やはり、何時も通りルフィは困ったように微笑んで、慌てて首を縦に振ったのだった。
足を踏み入れて第一声は。
「ひゃぁ〜 すごーぉい」
何処か間抜けとも思える程の感嘆の声。
特にそれには文句も言わずに、二人も辺りを眺め回した。
彼女が唸るのも当たり前。何しろ壁や天井、そして床までが綺麗に磨き込まれたかのように光り輝いていたからだ。
材質は、硬い何か。
「……えっと……うん、これはレグラ鉄だね。音からすると、下の方にも何か別の材質が使われてるみたいだけど、そこは普通の石かな」
罠がない事を確認して、軽く壁を叩き、整った眉を寄せてルフィは呟いた。
「ほぉ、そこまで分かるのか」
感心したようなチェリオの言葉に肩をすくめ、
「ふふ、でも詳しくは魔法無しだと全然駄目だけど。
混ざっていてもその比率までは分からないから」
苦笑気味に首を振った。
「鑑定はルフィの得意分野だものね♪」
控えめな言葉を否定するように大きく手を振り、クルトは満面の笑みになる。
その言葉にプレッシャーを感じたのか、
「うう、褒め殺しだよ〜」
ルフィは肩身の狭そうな顔で小さな声をあげた。
「流石あたしの幼なじみ」
「……関係あるのかそれは」
何故か胸を張る少女に小さく突っ込みを入れた青年の言葉は、きっちり耳に入れられ、数秒経たずに裏拳で顔面を強打された。
なんとか倒れずに、赤くなった顔を押さえ、呻く。
「お前、人の顔遠慮成しに殴」
「意外とナルシストなの? じゃあ、原型無くなるまで殴ってあげるから感謝して」
彼の言葉を聞き、少女は笑顔で拳を固めた。
チェリオは整った顔立ちなのだが、先程と同じく躊躇いはないらしい。
目が本気だ。
「違う」
(……というかさり気なく悪魔だなこいつ)
手をパタパタ振って否定する。
遺跡で魔物と会う前に、顔面陥没という洒落にならない事態は避けたかった。
「その辺りで頷いてくれればこの拳のやり場が……」
「何処にもやるな」
物騒な台詞に取り敢えず反論をしておく。放っておけば拳が遺跡に当たりかねない。
「…………」
案の定、つまらなさそうな顔をしてクルトは拳を解く。
「二人とも、仲良いね」
そんなやりとりを見ていたルフィが、微笑んで言った言葉に、
『何処が』
二人同時に、そう返していた―――
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