バトルバトルばとる!-6





 天に向かい方々に腕を伸ばすのが正しい木々のあり方だと感じていた。その常識を木っ端微塵に打ち砕くがごとく、枝は一定の方向に流れ、葉を巻き込んで居る。
 ぐるりと樹の幹に巻き付いて、上から見下ろせば幹の上に樹の皿が置かれたような状態だろう。
 やたらに影が多いのはこのせいか。
 これも空腹が見逃したのだろうか、ぼんやりと空を仰いで少女は呟いた。
「変な樹ね」
「うん」
 ぎこちなく頷く幼馴染み。どうも幻覚ではないらしい。
 幹が軋み、パラパラと葉が落ちる。
 地面に落ちてきた枝の一つを取る。
「……ふむ」
 指先で挟んで折り曲げる。余り音はしない。
 ただの枝にしか見えないが、折れるほどもろくも無さそうだ。
「まだ水分が多いね」
 頭上で生木を折る音が幾つか聞こえた。
「無理矢理引きはがされたのね。って事はやっぱりこの樹は珍しい樹じゃなくて」
 ふっと影が差し、反射的に身体をずらす。
 今度は大物らしく、土が舞い上がる。また落ちてきた枝らしきモノは『ぐべっ』と呻きを上げて地面に横たわった。
「ク、クルト人が落ちてきたよ!?」
 悲鳴に近い叫びに視線を向ける。薄汚れたマントに、髪に付いた数枚の青葉。
「……人のなる樹?」
「多分違うんじゃないかな」
 真顔で呟く少女に疲れたようにルフィが突っ込んだ。
「冗談よ。で、もしもーし、生きてる〜? 頭は打って無さそうだけど」
 肩の辺りをトントンと軽く叩き、生死を確かめる。
「とり、が」
「トリがどうしたの」
 息も絶え絶えな生徒に容赦なく尋ねる。
「凶悪な、トリが」
「あ、さっきの鳥やっぱりこっちに来たんだ。で、巣に入ってつつかれて落っこちたの?」
 前方から悲鳴と轟音が響き、両手の指よりも多い数の人間が地面に振ってくる。
「クルト。つつかれて落ちるには人が多くない」
「そうね」
 半刻もせずにのどかな昼食の場が凄惨たる有様になり、溜息を漏らす。
「ねえルフィさっきの続き聞いて良いかしら」
「ちょっと思ったんだけど、あの鳥ってどの位の大きさなのかな」
「どの位って」
 数刻前の記憶をふるい落とし、探る。確か――それなりの大きさだったような。
 くわえたコインは比較対象にする前に消えた。なら地面に映った影はどうだったか。
(んーと。高度が結構高そうな場所に移動したのに影は余り小さくなかったし)
 顎に親指を当て、唇を噛む。グルグルとすり切れるほどに回る思考。
 考えれば考えるほど小さな動物だった気がしない。
『…………』
 重い沈黙が辺りを満たす。
 同じ事を思ったのか、ルフィの表情もやや硬くなっている。
「やだルフィ。そんな脅えなくても大丈夫よ、いざとなれば」
 魔術が。
「校長先生が、傷つけたらダメだって」
 告げようとした台詞が止まる。代わりに脳裏に『あのボケ校長。覚えてろ。覚えて無くてもシメル』と物騒な心の声が浮かび上がった。
「えっと」
 逡巡する背を追い立てるように更にボタボタと人が落下してきた。
「ここで考えても仕方ないわよね。取り敢えず登って」
 先程まで食事をしていた場所。この辺りでは一番の長さと太さを持つ樹を眺め、止まる。
 色とりどりのマントから察するに学園の生徒であろう男子数名が自由落下していくのが見えた。
 初めは手を滑らせたのかと思ったが様子がおかしい。頂上に着く寸前で見えない壁にはじき飛ばされたかのように回転をしながらに、地面へ落ちていく。
 良く目をこらすと、オレンジがかった太い鳥類の足が生徒達の手を容赦なくふるい落としている。
「人が埃のように落とされていくわね」
「か、感心してないで助けた方が良いんじゃ」
「大丈夫。息はあるわ。そしてまだ戦う気力もあるみたいだし」
 クルトの言葉に呼応するように、最後に落ちてきた少年が震える指を幹に伸ばし、「ま、魔道書……」呟くとガクリと首を垂らす。
 他生徒が続々と燃える闘志を消さず、ほふく前進でジリジリとにじり寄ってくる。
「か、金」
 魔道書が金策になるとはいえ、目がイッている。危機迫る様子に思わず二人同時に引く。
「そして美少女に美女にハー」 
 後半から魔術師からかけ離れ俗物じみてきた台詞が途切れた。
「元気なのはともかくとして。どうしようかしらね」
 数名の後頭部に突き立てた踵を引き、少女が溜息を漏らす。
「そうだね」
 ルフィは特に追及せずこくりと首を傾けた。
『キャアオ』
 頭上から笑い声にも似た甲高い鳥の鳴き声がこだます。反射的にそちらを見上げ、黒い瞳と視線が合う。
 微かな隙間から頭をねじ込み、ハサミの片刃のようなクチバシを開いて舌を見せる。無理矢理広げられた木々の隙間から小枝が折れる小さな音がした。






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