バトルバトルばとる!-5







 まだ躊躇いもあったのだろう。恐る恐るといった風にルフィはサンドイッチに口を付ける。一口囓った形で停止する。
 濃紫の瞳が疑問の視線を触れさせると、確かめる様にもう一度口に入れ。
「美味しい」 
 酷く驚いた目が少女に向いた。
「普通よ」
 対するクルトは素っ気なく食物を口に運ぶ。無関心を装っているがこぼれる笑みが不愉快ではない事を物語っている。
 ふと、ルフィは手を止めて考え込む様に呟いた。
「すごく美味しいよ。レム先生も同じもの食べてるんだよね」
「そうね」
 必要最低限の食事すら取りたがらない獣人の少年に昼食だけでもとクルトがお弁当を運んでいるのは最近露見した事実だ。
 クルトは妙に角張った動きでハムとレタスの挟まったサンドイッチを囓り、端的に呟いて視線をずらす。
「じゃあ舌肥えてるのはきっとこのせいなんだね」
 深々と納得した様に頷く幼馴染みの声に少女の動きが止まった。
「そう、なんだ」
 すまし顔が薄れ、ぎこちない笑顔が浮かぶ。
「そうだよ。こんなに美味しいんだよ。ずっと食べてたら他の食べられなくなっちゃうんじゃないかな」
「今明かされる、驚愕の事実。あたしも原因なんだ。何であんな舌が五月蠅いだろうとか考えてたのに」
 黙考するように手を唇に当て、ぼそぼそと呻く。
「にしても美味しいなあ」
 弾んだルフィの台詞にぴくりと眉が動いた。
「ルフィ」
 先程まで囓っていた昼食を包みの上に置き、笑みすら浮かべずに少女は静かに唇を開いた。
「ん〜、すっごく美味しい」
「あのねルフィ」
 頬が引きつる。
「なんか幸せ、え、何?」
「あんまり連呼されると恥ずかしいんだけど。普通のサンドイッチなのに」
「だって美味しいよ?」
 半眼のクルトに対し、ルフィは無邪気に首を傾けて不思議そうに瞳を瞬く。
「いや、だからね」
「幸せの味。外食とかコックさんとかのばかり食べてるから他の味って新鮮で。
 暖かみのある料理というか。あ、コックさんの料理が良くないって訳じゃなくてね、何だろう。
 手づかみで食べられる食べ物って滅多に食べないから嬉しいんだよ。凄く感動してるんだよだから止めないで」
「悪かったわよ。好きなだけ拍手喝采し崇めたたえまつると良いわ。あの過保護執事、そこまで徹底してるのね」
「徹底してるというかね、長年培われたマナーとか、下手に食べると後ろから出てきそうだなとか」
「恐怖心による徹底教育、おそるべし」 
 皺になった包み紙にパンくずが散らばる。人間空腹になると考えや視野も狭くなるもので、満腹とは言えない胃が少々満たされたところで座り込んでいる樹の幹が通常より遙かに太い事に気が付く。
 傷みやすい果実の最後の一欠片を咀嚼して人心地付く。痛みやすい野菜系を挟んだパン以外の保存が利きそうなハムサンドを包み直し、手を付けていないリンゴ類を仕舞う。
 ガサガサとした音に幼馴染みへ顔を向ける。悪戯がばれたときのような気まずい表情をして、素早く手を動かしソレを隠した。
 やはりここでも無駄なほどに鍛え上げてしまった少女の動体視力が遺憾なく発揮され、彼が隠した自分と同じような品々を網膜に焼き付けた。
「あ、あの。えっと」 
 気まずげな動作が痛々しい。口へ入れる数が増える回数が増えるたび正気になって自分と同じ危惧を抱いたのだと考え、クルトは半眼になる。
 遭難の可能性がゼロとは言えないのならば、食料があるに越したことはない。空腹を満たす程度に口に運び、残りを仕舞って削るように食するのが建設的だ。
「あたし達って現実主義者で似たもの同士よね」
 村娘と商人の一人息子が考える案にしては様々な意味で壮絶である。しかも着の身着のままだから泣く前に笑える。
 魔導師見習いへ遭難対策を芯から教え込んである学園側の教育方針が恨めしい。絶対にわざとだそうに違いあるまい。
「…………そう、だね」
 疲れを含んでいても穏やかなルフィの笑みは遭難の危機感を少しだけ和らげてくれた。

 





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