雨の日の…クルトVer.






 ぴちゃんっ。湿った空気が鼻を突く。
 そしてだんだんと大きくなる雨音。それにつれて服がどんどん水気を含み、重くなっていく。
 ぱらぱらだった雨音がもうすでにザーザーに変わっていた。
 もう前が見えないほどの豪雨。それでも雨足は弱まることを知らなかった。
「くっぁぁ、最悪ぅぅぅ」
 それを見ながらあたしは溜め息を絞り出す。ついでに服も絞っている。
 少し自慢の淡い紫水晶色の自前の髪の毛も雨水を吸って重たくなっていた。
 二つに結んでいるので濡れウサギのような格好になってるのは容易に想像できる。
 そしてお気に入りの普段着も雨水と泥でかなり悲惨なことになっていた。
 ココまで雨が非道いと、お店の軒下に避難しているのも意味がないように感じてくる。
「うー。やっぱルフィの言う事聞いた方が正解」
 呻きながらあたしはゾーキンよろしく髪の毛を軽く絞った。
 やはり出かける前のルフィの言葉を聞いて本でも読んで過ごすべきだったかな、とちょっと後悔。
 でも今日はちょっと買いたいものがあったからしょうがない。
 首尾よくモノは手に入ったのだが、帰ろうとしたらこの豪雨。
 これじゃ帰ろうにも帰れない。
「ん?」
 びしょびしょの前髪を掻き上げたあたしの視界の端に何かが映った。
 絶え間なく降り注ぐ雨、そしてそこに佇む一人の少年…………。
 年はあたしより上みたい。18.9って所かな。
 さっきからずっと上を向いて突っ立っている。長い間そこにいたのかもうビショビショに濡れていた。
 栗色の髪も白いマントも雨に濡れて肌に張り付いている。
 しかし、気にならないのか一向に動こうともしない。
 …………ってゆーかあんた。風邪ひくわよ、ンなトコに突っ立ってたら。
 思わず心の中で突っ込みを入れる。
 まあ、世の中には色々なヤツがいることは分かってるんだけどさ(特に誰とは言わない)
 なにもわざわざ雨に濡れなくても………よけいなお世話だろうけど。
 あたしの心のつぶやきが聞こえたわけでもないだろうが、彼はゆっくりとこちらに振り返った。
 そしてこちらに近づいてくる。
 ………………
 あたしの耳に雨音が入らなくなる。そして一切の雑音も。
 あたしの思考はしばらく真っ白に停止したままだった。
 …………正直に言おうと思う。
 格好良かった。
 あたしが見た中では一番かも知れない。
 いや、知り合いにもかなり美形は多いのだが、その、こんな風な雰囲気のヤツは一人としていない。
 そう―――――たとえるなら冷たい氷のような雰囲気。誰も寄せ付けないような……。
 そして氷のような瞳があたしの目の前に……そう、手が触れられそうなほど目の前に…………って、ん!?
「ひゃぁぁぁぁっ!?」
 いきなりドアップに迫ってきた顔に驚いて、あたしは思わず後ろの店の閉まっている扉に走り寄った。
 紙切れに書いてある閉店という風化しかけた文字か何か寂しい。
 頭で分かっていても荷物のない左手で反射的にノブを回す。
 雨音に交じってカシャカシャという音が虚しく響き渡る。
 相手は呆れているのか何も言ってこない。
 取り敢えず、恥ずかしさとむなしさのため潤んだ瞳で相手を見上げてみる。
「う〜〜〜」
「…………」
 あたしのうるうるに対しても終始無言だった。そして悲しくなるほど無表情。
「…………俺に何かようか?」
たっぷり1分ほど沈黙して、やっと相手が口を開く。一応喋れたらしい。
 言った後、あたしと店の扉を交互に眺める。
 …………う、凄い恥ずかしいかも。あたしだけ一人で騒いで。
 ドアノブに手をかけたまま恥ずかしさのため脱力してその場にへたり込む。
 彼はまたあたしと扉を交互に眺め、しばらく首を捻り手をぽんっと打って、腰に携えた一振りの細身の長剣を取り出した。
 雨を受けてそれは怪しい銀光を放っていた。見た感じ、触れただけで切断されそうなほど手入れがされている。
 抜き身の剣を持っているのもかなり問題があるのだが、さらに問題のあることにそれをあたしに向けたのだ。
「あ、あの、ち、ちょっと」
 悲しいことだが、あたしは魔術は使えても剣術は使えない。しかも今は丸腰である。
 必死に説得を試みる。
「あたしに何の恨みがあるのか知らないけれど、そう言うことすると…………ひゃっ!」 
 ぶんっ! あたしの言葉が終わらないウチに、剣が振り下ろされる。
 ……あたしの人生もコレで終わりか……思ったよりあっけなかった……ん?
「あ、あれ?」
 体を手で触って調べるが、ドコも異常はない。かすり傷さえも。

 きんっ。

 軽い金属音と共に今までかたくなに進入を拒んでいた店の扉が開いた。
 あたしは、ただぼーぜんと扉を見つめる。
 ……コイツはもしやあたしじゃなくてこの扉の鍵を切るつもりだったとか……
「……ほら。帰れ」
 扉を顎で指し示し、素っ気なく言い放つ。
「そこおまえのウチだろ」
「は?」
 あたし思わず間の抜けた声を漏らす。どうやら彼はあたしのうるうるが、鍵無くして帰れなくなったうるうるだと勘違いしたらしい。
「…………違う」
 ……気持ちは嬉しいんだけど。コレは犯罪では?
「……違うのか? まあ、開けたしココで雨宿りでもするか」
 だから犯罪だってば。
 あたしの心の中の突っ込みも虚しく彼は店の中へ入っていった。
 ……まあいいか、濡れるのも嫌だし、あたしも便乗するとしますかね。
 ん?犯罪じゃないかって?大丈夫大丈夫、なんとかなるなる。あたしは順応性が早いの。 
 かんけーない? ま、細かいことはいいっこなし。さ、いくか。

 


 ――――とりあえず、店の中では何もなかったことだけ言っておこう。
 いや、だってねぇ……いくらなんでも店に入ったとたんイキナリ寝るか!? 普通ッ!
 しかも一歩進んだトコで。危うく踏むトコだったわ!
 おかげであたし、ずっっっっと雨がやむまで暇だったんだから。
 何であんなにびしょ濡れで寝れるのよ……しんじらんないっ。神経疑うわね。
「…………ねむ。ちょっと雨に当たりすぎたか」
 怒り心頭だったあたしは、ちょっとその言葉で引っかかった。
「…………あんたまさか一晩中雨に当たってたとか?」
「ん、まあな」
 あたしの言葉に彼はあっさりと頷いた。
 ………………本気でどんな神経しとんじゃい。
 思わずあたしはふらりとよろめいた。
「あ」
 手の力がゆるんでいたせいか、それまで手に持っていた紙袋が地面に落ちて、中身が転がり出る。
「わ、あ、ちょっ」
 し、しまったっ!
 あたしは慌てて転がり出たモノをかき集める。後一つ足りない……
 あたしの祈りも虚しく、それはコロコロと彼の足下に転がっていた。
「……………?」
 一拍おいて、それを拾い上げる。そしてあたしの方を見て、フッと笑う。
 にっこり、とか柔らかくとか爽やかに…ではなくフッである。
 無表情なせいもあって見下されているような感がある。
 む、むかつく〜〜〜〜。
 思わずググッと固く拳を握りしめる。
「ほれ」
 軽いかけ声と共にそれを投げ渡される。慌ててふらつきながらもキャッチする。
 ……コ、コイツ。人の荷物を何だと……
 それを口にするよりも早く、彼の言葉であたしの思考はしばらく完全に停止した。
「ビー玉か…フッ…………ガキか」
 彼の言ったとおり、あたしの手の中には小さなビー玉が握られていた。
 なんか……欲しかったんだもん。しょうがないじゃない。
 って、ガキ、子供ですって!?
 よくも人の気にしてることをっ…………どーせあたしは童顔よっ!
 それにそれにビー玉が子供の遊びなんて偏見よ偏見っ。
「ぶす」
 彼のその一言であたしの中で、何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
 恋とかはしたこと無いけど、どうやらそれなりにあたしは彼のことを気にしていたらしい。
 恋と認識できる前からそれは敢え無く崩れ去ったけど。
 こっこの男…………マジで殺ス。
「いっぺん死んでこい!」
 あたしは手近にあったなにやら固くて四角いモノを怒りと共に彼の頭部に叩き付ける。 
 どごぉぉぉっ。べひ。
 意外と鈍い音とかなりの手応え。……これは死んだかな?
 見れば納得なるほど。あたしの握っていたのはどうやらそこらへんにあった店の看板だったらしく、
『これであなたも超人に! ムキムキドリンク好評発売中』とか、目玉の飛び出るような金額が書いてあったりする。
 看板のちょうど真ん中部分が綺麗にへこんでいた。
 例の失礼なヤツは頭を抱えてうずくまっている。
「っ、なにすんだおまえは!? 普通死ぬぞこんなの!!」 
 イキナリがばっと立ち上がり、怒りをあらわにあたしを睨み据える。その瞳には痛みのためか、うっすら涙が浮かんでいた。
「死んでないじゃない! 何よそのブスとかガキってのは! 失礼にも程があるとは思わない訳ッ!?」
「結果でモノを言うなっ! いきなり看板で力一杯人殴るのは失礼じゃないのか!?」
「うら若き乙女に対して暴言を吐いた報いよっ」
 あたしの言葉を聞いて、そいつが馬鹿にするように笑った。
「くくっ、乙女? なにいってんだブース」

 ぷち。

「いっぺんといわず千回炭になれ! 火炎球ッ」
 叫びと共に、反射的に魔法を放っていた。

 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。

 雨上がりの街角に鮮やかな華が咲く。
 取り敢えず、こんがりきつね色に焦げて、彼は地面に突っ伏した。
 それを確認する前に、あたしは家路へと急いだ。
「最低! 信じられない。何よアイツ!」
(こんな事一刻も早く忘れてやるっ! 絶対に)
 固く心に誓って、ぬかるんだ道を踏みしめ、大股で進む。
「…………そういや、名前……聞いてなかったな」
 思わず足を止め、黙り込む。
「って、何言ってんのあたしは。あんなヤツの名前なんて知らない方が清々するわっ!」 
 自分に言い聞かせるように叫んで頭を振る。回りにいる人々が気味悪そうにあたしをながめていた…………。
 …………う゛、そんな哀れみの目で見ないでよ。あたしの頭はだいじょーぶよ。
「あ゛ーーイライラするっ!  これもどれもそれもみーんなアイツがわるぃぃっ」
 取り敢えず全ての責任をなすりつける。また人混みがあたしの側から一気に離れたような気がする。……気のせいだろうか。
 うちに帰ったあともしばらくあたしのイライラは数日の間収まらなかったことだけ記しておく。

 

 そして、一ヶ月後……学園に『彼』チェリオ・ビスタが転校してくることになることを
 ―――あたしは知らない


 




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