雨の日の…チェリオVer.






  雨は心地良いから嫌いじゃない……雨が肌に当たるたび、自分も大地の一部だと実感できる。
  別に服が濡れようが、自分の栗色の髪が濡れようが関係ない。
  たまに、心地よすぎて一日中当たっていたこともある。
  …………その日も、そうだった。別に特別なことではないハズだった…………
  俺は少なくともそう思っていたし、感じていた。
  背中に当たる視線を感じるまでは……


  

  俺が気が付いたときにはもう昼に回っていた。

  昨日の昼頃からココにいたのでざっと一日は突っ立っていたことになる。
  まあいい。いつものことだ。
  空を見上げると、暗雲が空を覆っていた。ただ黒いだけではなく、色々な色の混ざり合った不思議な黒。
  ………………俺はいつからこんな感傷的になったんだ?
「っ」
  顔をしかめると、雨が目に入った。ずっと上を向いていたのだ。

 当たり前といえば当たり前だ。入るなという方が無理だろう。
 びしょ濡れになった手で慌てて目をこする。
 擦ったあと、無意識のうちに唇から溜め息が漏れた。
 何やってるんだか俺は…………ん?
 ふと、視界の端に何かが映った。
 紫の……ウサギ。しかも濡れ鼠(ぬれネズミ)…………
 一瞬思考が停止した。
 紫のウサギ?
 目を擦ってもう一度確認する。やはりウサギではなかった。人間だ。
 紫色の髪を二つ結びにした少女で、雨に濡れたせいか、服も髪の毛もびしょ濡れだった。
 どうやらウサギに見えたのは高く結い上げた髪の毛だったらしい。
 顔は雨と距離のせいでよく見えない。
 一五.六ぐらいの背が低い……って俺から見て低いのは当たり前なんだが、

 まあ低いと言うよりは小さいといった方が正しいな。
 …………肉弾戦には適してないな。思わず俺はそんなことを考える。
 最近暇なのも相俟って、この頃戦闘に意識が行きがちだな…

 …レインとかいってたどこかの校長の話受けた方がまだましか?
 何故だか肌がちくちく痛い。横を見るとさっきの少女がじーーーーーーーーっと俺を眺めていた。
 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
 …………
 じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
 …………………
 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 俺はこう言うのにはうるさくない方なのだが、さすがにこれは居心地が悪い。
 をい。俺の顔見ててそんなに楽しいか?
 心の中で一つ呟き、小さな溜め息を吐き出して少女の方へと向かう。 
俺の姿が目に入っていないのか、俺が少し近づいても、ボーっと突っ立っている。
…………いや、俺の姿はバッチリ目に入ってるらしい。俺の動きにあわせて微妙に体が動く。
いいかげんにしろ…………俺もそんなに気の長い方じゃないんだぞ……
 静かな怒りを内面に押し込め、俺はゆっくりとそいつに近づいていった。
一歩、二歩。一歩一歩着実に相手の方に近づいていく。

別に忍び足をしているわけでもないが、相手は俺が近づいていることに全く気が付いていない。
 相も変わらずほけーっと突っ立ったままだ。
 更に一歩、二歩相手との距離が縮まっていく。
 だんだん相手の姿がハッキリ見えてくるようになった。
 大きな瞳の少女……まあ、その、顔は可愛い方だ……ろう。
 よそ行きの白いブラウスは雨のせいで肌にべっとりと張り付いている。
 潤んだ瞳には俺の姿が映っていた。
(う)
 何故か緊張感が電撃のように体を走り抜ける。
 思わず顔を逸らしてしまった。思い切り顔を逸らしたのでかなり不自然な体勢だ。 
 首が痛い。
 どうして今日はこういう間抜けなことばかりするんだろうか……
 ……………厄日か?
 取り敢えず恐る恐る首を元に戻す。次に彼女を見たときにはバッチリと視線が合っていた。
 にこっ。
 何故か笑った。
 何故かもうちょっと見ていたいような気がする。
 …………
 気がついたときには顔と顔がふれあうギリギリまで近づいていた。
 慌てて身を退く前に、
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
 ずざざざざざざざざ!!
 相手の方が悲鳴を上げて勢いよく後ずさる。そして後ろの店のドアにしがみつき、ノブを回すが、
カチャカチャとノブは音を立てるだけだ。なにやらうるうるした表情で座り込んで呻いている。
 鍵掛かってるのか。
 とりあえず。
「……俺に何かようか?」
 嘆息混じりに言ってやる。
 するとへなへなとその場にへたり込んだ。
 ……何でへたり込む。俺のせいか?
 ふと、そいつの後ろにさっきのドアが見える。
 もしかしてコレか?コレの鍵を開けてほしいからか?
 ぽんっと手を打って、取り敢えず腰に携えたなじみの剣を引き抜く。
 手入れは丹念にしているから切れ味は抜群だ。剣は俺の命だからな。
 すると、
「ち、ちょっと!あたしに何の恨みが」
 へたり込んだ少女は手をバタバタ振り回し、何故か俺に抗議の声を上げる。
 恨みはないぞ。借りもないけどな。
 もうちょっと大人しくしてろ。切られたいのかお前は……
 少し胸中で文句を言いながら剣を振り下ろす。
 軽い手応えと共に目的のモノを切断する。
 まあ、俺の腕なら赤子のてを捻るより簡単だな。
 …………………なんだその沈黙は。
 ……おい、お前らもコイツと同じく勘違いしてないか?
 俺が切ったのは錠前だ、錠前!!
 誰が会って間もない女を切るか!辻斬りじゃあるまいし。
 コイツも勘違いしてるな。目つぶって頭抱えてるしな。 
 彼女は恐る恐るといった感で目を開くと、自分の無事を確かめる。
 きんっ。
 錠前が小さな金属音を立て、地に落ちた。
 取り敢えず、
「ほら。帰れ」
(家に)
 小さく促す。辻斬りと間違えられたことに少し怒りもあったがそれは感情を殺して分からないようにする。
…………ぱちくり。
 少女は目を瞬かせ、固まる。異様な沈黙。
「……そこお前のウチだろ」
 我ながらお節介としか思えない行動だ。いつもならこんなヤツ見捨てて行くのに。
 今日の俺は何か変だ。それとも……この女の発する変な空気のせいか?
 神秘的かと思えばそうでもない。でも何か普通のヤツとは違う……
 俺はよく戦うからな。こういう空気には人一倍敏感だ。
 ……それでも分からない。ひとつ言えるのは変なヤツ、だ。
「は?………違う」
 違うのか。どうやらコイツの家じゃなかったらしい。  
「違うのか……ま、開けたしココで雨宿りでもするか」
 ココで突っ立って濡れ鼠になるのもマヌケだしな。
 まだへたり込んでいる少女は俺の方を見て、なにかいいたそうにパクパク口を動かす。

 ―――が、動かすだけで声は聞こえない。何故か非難の視線を感じるが。 
 その視線を無視して店にはいることにした。
 放って置いても付いてくるだろう。アイツも濡れたいわけじゃないだろうしな。
 ぎぎっ……
 軋んだ音を立てて扉がゆっくりと開く。すえた臭いが鼻を突いた。
 真っ白な床とよどんだ空気。
「…………これなら少し力くわえただけで開いたかもな」
 触れただけでぼろりと崩れた扉の側面に指をなぞらせ、すこし眉をしかめて呟いた。
 どうやら、ココはかなり昔に閉められた店らしい。

 あちこちに埃が積もり、蜘蛛の巣が張っていた。床が白く見えるのも埃のせいらしい。 
 溜め息がこぼれる。少し観察すれば分かるはずなのにどうして気が付かなかったのだろう。
 これなら鍵を壊さなくても腕力だけで壊せたはずだ。
 …………溜め息と同時に視界が揺れた。
「ち、ちょっと!!大丈夫!!?………………って、寝てる。
 …………こんな所でねるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!人が心配してあげてんのに!!!」
 かすんだ視界に、薄暗い天井。足音。かすかな悲鳴と怒声が何故か俺の耳に入ってきた。
 ついでに何故か体が上下に揺れる。そう、例えば誰かが俺の襟首掴んで思い切り上下にゆらしているような。
 ……実際。その通りだったのだが、睡魔に襲われる彼には理解できない。
 ――――どうでもいいが、心配してくれと頼んだ覚えはないぞ。
 その言葉は紡がれる前に俺の意識と共に闇に溶けて消えた。
 









 なにやら色々と文句を飛ばす少女の言葉を黙殺しながら俺は店から表に出る。
 何で怒るんだよ。あいつは、俺は寝ただけだぞ。
 自分の寝方が普通ではなかったことに全く気が付いていないチェリオ。
 ようやく文句はひとしきり収まったが、殺気がなにやら漂っている。
 何故だろうか。謎だな。
 首を捻って彼女を物珍しげに眺める。
 自覚してないあたり、トコトン非常識な人物だった。

 俺は少し伸びをして、
「ねむ。ちょっと雨に当たりすぎたか?」
 あくび混じりにすこし呟く。隣にいた少女は耳ざとく聞きつけていたらしく、
「あんたまさか一晩中雨に当たってたとか?」
何故か信じられない、というような顔で聞いてくる。
「まあな」
別にうそを付く理由もなかったので、頷いた。まあ、答える義理もなかったが。
石もないのに何故か彼女はよろめくと、地面に膝を突く。
 運動神経鈍いのかコイツは?何もないトコで転けるとは。
 ころころころころ。
「ん?」
 異様な音を耳にして、俺は足下を眺める。
 目の前の地面では転けていたはずの少女が必死になって何かを探していた。
 …………もしかしてコレか?
 コレ探してるのかアイツは?
 少ししゃがんでそれをつかみ取る。
「ぁ゛」
 それと同時に少女の唇から悲鳴とも呻きとも付かない声が漏れ出た。
 …………やっぱりこれか。
 俺の手の中で小さく輝くのは小さなガラス玉。確か、ビー玉とか言うモノだったかこれは。
 子供の遊び道具と聞いた覚えがあった。
 ふ……思わず小さく笑みが漏れる。
 何故か少女の顔が引きつった。
「ほれ」
 こんどはなくすなよ。呟いて投げ渡す。それを慌ててよろめきながら受け取る少女。
 その瞳には何故か静かな怒りの色。
「ビー玉。子供か」
 まあ、それはそれで可愛いか……
 心の中で呟く。
「この……………ッ」
 何故か空気が険悪になる。
 何故だ?俺はほめたつもりだがな。
 心の中でほめた事実に気が付いていないチェリオ。
 いくらほめていようと心の中で呟けば、相手に聞こえるわけがない。
 彼女に聞こえたのは子供の部分のみ。悪口にしかなっていない。
 相手が怒っていることをさすがにチェリオも察して考える。
 いくらなんでも可愛いって言うのも………。
 だからといって逆の言葉…………アホとか………
「ぶす……」
 とかいうのもほんの少しまずいだろ。
はい、またまた気が付いてませんチェリオ君。またしても変なことを口走っていたことに。その事実に気が付いたのは、
「いっぺんしんでこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!!」
 という少女の怒りの声と強烈な衝撃を頭部に受けた直後。
 本より固い何かの角で叩かれ、一瞬視界が真っ暗になる。そして激痛。
「ッ〜〜〜〜〜」 
 痛みのため、涙で視界がにじむ 。
(こ、この女……俺が何をしたんだよ一体!!?)
 気が付いたとはいえ、色々言ったことにあまり自覚はないらしい。

「っ、なにすんだおまえは!!?普通死ぬぞこんなの!!!!!」
俺は勢いよく立ち上がり(いつの間にかうずくまっていたらしい)、にらみつける。
それに気圧されることもなく、少女も怒りの声を上げた。
「死んでないじゃない!何よそのブスとかガキってのは!!失礼にも程があるとは思わない訳ッ!!?」
「結果でモノを言うなっ!!いきなり看板で力一杯人殴るのは失礼じゃないのか!!?」
 少女に、少しへこんだ頑丈な看板を指さしながら唸るように言ってやる。
 俺じゃなかったら死んでるぞ。絶対。
「うら若き乙女に対して暴言を吐いた報いよっ!!!」
 ぴく。俺の顔が少し引きつった。
「くくっ、乙女?なにいってんだブース」
 怒りも手伝って言葉が漏れる。こうなったらほとんど意地か、ヤケに近い。
 もう呼び方はかえんぞ絶対。
 すると、少女の方からなにやら何かの切れるような音が聞こえ、彼女は小さく呟くと、
「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!火炎球っ(ファイアーボール)!!!!!」
問答無用、不意打ちで魔法をお見舞いしてきた。
 どうやらさっきの呟きは詠唱だったらしい。怒りのせいで気が付かなかったが。
 魔法使うのかアイツは……
 薄れゆく意識の中、少女は振り向きもせず、去っていくのが視界に映った。





 1時間後。取り敢えずすすけたマントを払いながら呻く。
「…………なんて暴力女だ。人が親切にしてやったのに」
 自分の言動のせいとは欠片も思わないチェリオ。
 ぽと。
 払ったマントから、少し焦げた書類が舞い落ちる。
「ん?」
 契約書。ココに自分がサインをすれば契約は完了である。
「……ヒュプノサ学園の生徒の護衛か……あんな女に気絶させられるぐらいだから腕が鈍ってるのかもな……まあやってやるか」
 折り畳むと懐にしまい込む。
 ――――数日後。ヒュプノサ学園の元に一通封筒が届く。中にはサインが印された契約書が入っていた。
 それは何故か所々焦げていたが。
 ――――結果的に、彼を学園に入学させたのは間接的……偶然に、とはいえクルトだったようだ。
 それか、時のイタズラか……人はそれをこうとも言う
 ―――――運命的出会い―――――と。
 一ヶ月後、学園には新しい仲間が増えることになる。トラブルの要素も引き連れて。

 




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