愛してない贈り物-4



  


 点々とした鳥たちの影が市街地を縫い、鮮やかな紅が備え付けられたホワイトのテーブルを染める。
「お客様。ご注文をどうぞ」
銀のトレイを胸元で押さえ、受付係の彼女は引きつった微笑みで首を傾けた。
 色鮮やかな紫の髪は夕日を受け、なんとも複雑な色を醸し出している。二つ括りにされた髪が小刻みに揺れるのは、恐らく風のせいではあるまい。
「通算三十五回目、と」
 その姿を眺めつつ、テーブルクロスを両手に抱え、スレイはうなった。
 手が放せないが視線は動かせるので観察していたが、なかなかどうして頑張るモノだ。
 少女もその客も。
「つれないねえ嬢ちゃん。俺達とどこかであったことねえかと聞いているだけなのにさ」
「お客様。『ご注文を』どうぞ」
 肩に乗せられそうになった腕をくぐり抜け、にっこり首を傾ける。フリルのエプロンに膝を隠すか隠さないかという長さのふんわりした黒いスカート。といったいでたちと、愛らしい仕草。辺りにいる男性陣から喜びの声が上がる。
 目の前の絡む客からも下卑た笑いが強まる。相手が男なのは言うまでもない。いかにも『オレはこの辺りで幅聞かせてるんだ』とでも言いたげな乱れた服装と威嚇をしている髪型。ついでに付属で他二名ほど目つきの悪いお兄さん達が居るのも定番と言えば定番だ。
 ご注文はと問われても、まるきり無視して椅子に座ったまま無遠慮にクルトの服を眺めている。じろじろ観察するだけでは飽きたらず、日当たりの良い席を占領して『金が欲しければ愛想を良くしろ』『もっと露出を高く』だの喧しいことこの上ない。客席に座って居なくて、仕事中でなければとっくに地面にめり込ませて地中で砂粒と仲良くなって貰っている。
 先ほどの少女の対応は一見かわいらしいものの、暗に『注文以外は聞く気はねぇ』と言っているのだが、全く気が付かれていない。過激な客からのアプローチは続く。
「だか」
「ご注文をどうぞ?」
 だからどこかで会ったこと無いか。耳にタコどころか擦り傷が出来るほどの変わらぬ台詞に先手を打ち、クルトが微笑む。笑顔に『いい加減にしろボケ共が』といった色が見えるのは、決してスレイの目の錯覚ではあるまい。銀色のトレイを持つ白い両手が震えているし、なにより事務的だった口調に怖いモノが混じり始めている。
「おい。だからだなあ」
 相手が片腕を掴もうとしたところで身を捻らせてかわし、フーッと大きく肺から息を吐き出すと。
「もう、困りますお客様。わたし、他のお客様の注文も取らなければいけないんです。
 あなた方だけに時間を取っていられるわけではないので、失礼」
「お、おい待て!!」
  軽く地を蹴って後方に下がる。にっ、と少女の口元がつり上がり。
 影が一直線に白いテーブルを数個繋ぐ。
『きにゃあぁぁぁぁ!?』
不敵な笑みと奇妙な悲鳴を残して、少女は見事に斜めに吹き飛んだ。激しい音を立て、仕切りがわりのレンガの壁にぶつかって、ずり落ちる。
「おお」
 どよめく群衆。目を点にする相手。思わず手を止める同僚達。
「いったたた……」
 クラクラする頭を振り、はっと周囲の状況を見てトレイを握りしめ、
「きゃー。やだ服が濡れちゃったあ」
 今更可愛いしぐさで誤魔化す。どこかのコップを引っかけたのか、確かに服は濡れ、シャツが肌に張り付いていたりするが、さっきの吹っ飛び方で『いやあ、わたしドジでしたー』系の笑いが通るのか。
 反射的に受け止めたらしき膝上にあるコップは割れていない。その辺りは見事。
(濡れちゃったあ。の前にすげー音がしたぞ)
しばし周囲が沈黙し。
 その手の趣味のない女の子達からも『かわいー』と声が上がった。
 意外に受け入れられたらしい。
「だっ。大丈夫クルトちゃん!?」
「あは。あはははは。ダイジョーブです」
 駆け寄ってくる同僚の少年が手を差し出した。慣れない反応に、しばしキョトンと瞬いて。ようやく意味に気が付くと小さく笑って手を借りる。
 少年は頷き、立ち上がりかけた少女の耳に、そっと声を寄せた。
『スゴイ演出だね。優に二個くらいテーブル飛び越えたよ』
「は。はははははははは」
 濡れた紫髪がぴくんと揺れ、視線をそらす。照れ笑いのように見えるが、若干声が乾いている。
(……いや。演出じゃねえ。マジで魔術失敗したな)
 聞こえたやり取りに、スレイは半眼で心の中で突っ込んだ。
詠唱中ヒールにバランスを崩し、制御が上手くいかず。慣れない服でろくな身動きも取れなかったせいで体制を整える前に空に放り出された、と言ったところか。
 笑えないのが踵にヒールがあると言っても、クルトが履いている靴の高さは普通のヒールの半分ほどだと言う点だ。どれだけ履き慣れていないのか。
 クルトはすくっと立ち上がると、さっきの音は何だったのかと言うほどのスムーズさでごねる客へ足を運び、
「こほん。とにかく。ご注文はいかがなさいますか。後ろの方でもお並びになっておりますので早めにお決め下さい」
 場の空気を振り払うためか、咳払いをしつつ笑みを浮かべる。
 コップの水を被ったおかげで少し頭が冷えたらしく、幾分友好的な口調だ。
 が、
「水」
 返った声はにべもない。
「はい。他のお客様はどうなさいますか」
 僅かにクルトの動きが固まるが、自然な笑みを浮かべ直して根性で営業スマイルを維持する。
『水』
 メニューも見ずに告げられた変わらぬ答えに、
「…………」
 数秒きっかり固まって。
「ふふ。お客様。後ろの方が困りますので『ご注文』をお決めになり、支払いをお済ませになった後お帰り下さい。注文する品が見つかりませんのでしたら、どうか他の店でお食事をして要らしてきてこちらは一向に構いません」
 少女は微笑むと、柔らかな言葉で『頼む気無いなら即帰れ』を穏便な形で告げた。
要は『サッサと頼んでとっとと帰るか、今すぐ他の店に居座れ』ということなのだが。(おー。珍しく質の悪いの来たな。服作戦が裏目に出たかな〜)
 ぷっち、と少女のこめかみから音が立つ前に。
 ドッス。
 杭のような代物をテーブルに突き刺し、一人の店員がニコヤカに微笑む。
 ニコニコした営業用の笑顔からは何の怒りも読み取れない。ただ、
「お客様ご注文をどうぞ」
それだけを言って頭を垂れた。立ち振る舞いは全く変わらないので、感情を露骨に表されるよりも質が悪い。
 どすどすどすっ。
「あ、失礼。手が滑りましたー」
「あっ。手が滑った」
「おっと手が滑ったあー」
 いきなり立ちくらみでも起こすような仕草で身体を折り曲げ、カサの柄を客から少しだけ反らせた地面に突き立てる。次々と笑顔で手を滑らせるドジ集団。
 ココまであからさまだと逆に誰からも突っ込みが出ない。
「おおっと日よけはもういらなかったなんてー。いやーもうオレもドジだなー」
 最後の一人がわざとらしい台詞を吐きながら、ぐっさと笑顔で客の手の甲を掠め、地面を貫く。
「不用意に転倒してしてしまいした。ご注文をどうぞ。お客様」
 お冷やを乗っけたトレイを水平に保ったまま器用に身体を折り曲げ、ゆったり微笑む。
「ご注文は?」
 尋ねる口調は穏やかだが、客の真上で静かに斜めになっていくコップ。ズ、ズ、とほとんど音もなくずれていく。
 次の『あっ、しまった』用だろうか。すたすたと歩いてくる店員の手には小さな長方形の籠。普段は人数分しか収められないはずだが、今日はどうしてかナイフとフォークがたっぷり入れられている。転けたら恐らく大事になるであろう。
 目配せをし、にやりと口元を微かに上げる二名を見。
 ――青ざめた客達が一斉に、先を争って注文を始めた。
「えっと。あーと……ご、ご注文確かに承りました。少々お待ち下さい」
 一気に頼まれた注文に目を白黒させつつ、少女はポケットに入れていた紙を取り出し、慌ててメモを取る。
 泣きそうな顔でスパゲティを頼む客。青ざめたままがくがく頷きサンドイッチセットを注文する男。野菜主義なのかサラダを全種類頼む青年。客達の悪質ぶりに苦戦していた少女だったが、今度は雪崩のように押し寄せる言葉に何とか対応していた。
 スレイはあちら側が一段落した頃合いを見計らって残りのテーブルクロスを丁寧に乗せる。何度か側面を撫でつけて形を整え、
(何処の天使だわざとらしい。どのツラで力ないとか抜かすか地面抉れてんじゃねえか。こええなオイ)
 同僚達の豹変ぶりにしみじみ感心していた。丁寧に並べられた床ブロックが一部めくれていた。
「あっ。あっちにもお客様居るよクルトちゃん。後は任せて任せて」
 軽く声を掛ける彼の後ろの方で別の同僚が修復作業にいそしんでいる。別段慌てた様子もなく、染み抜き作業の延長線だとでも言いたげに新しいブロックをはめ込んでぺたぺたと手早く終わらせた。ついでに倒れた机や多めに刺さった傘も回収し、一礼して去っていった。
 鮮やかな手際と全く変わらぬ辺りの状態に、今までうたた寝でもしていたのかと目を擦りたくなる。
「は、はい……アリガトウゴザイマス」
あまりの同僚達のかわりっぷりに切り返しの言葉すら浮かばないのか、クルトはカクカク頷いて糸の張りすぎたマリオネットのような動きで次の客の所に歩いていった。



 

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