マルクのDIARY-5




 闇と紅の交わり。
 刹那の時。
 マントを被り、肌を撫でる冷気に身を任せる。
 紅が飲み込まれる瞬間を見る為に来たわけではない。
約束の時は迫っていた。
「時間どおりだな」
 こもった声が間近から聞こえた。
 誰何の声はあげず、言葉を紡ぐ。
「例の場所で待つ。時間は日暮れ時……お金は幾らでも出してくれるとか、黒の影さん」
悪戯っぽくそう言って、マントを被ったまま少年……マルクは首を傾けた。
「ほぉ、戯れで作り上げた言葉を見たか」
「……あんな簡単な暗号。他の人が見たらどうするのかな?
 ただ単に文字をずらせば分かるよ」
 楽しげに含み笑う相手に対し、呆れた声をあげる。
「解けたとしても例の場所は分からない」
 確かに、この場所は一定の人間しか知らない場所。
 役人もここまでは手を伸ばせない。暗い相手との逢い引きには絶好の場所だ。
 それと同時に、何が起こっても黙殺されてしまう場所でもある。
 今回の情報提供願いは遊びではなく、裏のお方かららしい。
 姿すら見せてもらえない。
「成る程〜。で、幾らでもって中身に寄るけど」
 慎重に相手の様子を探りながら言葉を紡ぐ。
「若いとは聞いていたが、ここまで幼いとは思わなかった。
 裏の情報網に詳しいらしいな。商談をしよう」
 しばしの間を挟み、
「実は数百億年も生きたお婆さん。という展開もあるから安心は出来ないよ。
 ピンキリだけどね。ついでに言うけど、ビジネスの域までは行っていないよ」
 ひとしきりおちゃらけた後、腰に手を当ててため息を漏らす。
「ほぼ変わらないと聞いている。アルバイトでも問題ない」
 淡白な相手の言葉にしばらく黙考した後、
「おっけー。早速話を聞かせてよ。話の中身にもよるかな」
 軽く頷いた。
「この国の情勢を知りたい」
「……聞くだけムダムダ。見た目通りの国だよ」
「いや、この国の全ての情報を」
 失笑を遮った次の言葉に、少年の顔が僅かに強ばった。
「全て?」
「そう、全て。国の情勢、内部反乱。城内の把握」
「……何? 国盗りでも始める気?」
「可能ならば」
 てっきり「尋ねる事は許さない」と言われると思っていたので、僅かに不意を突かれた。
 この平和な国を占領する?
 まあ、気持ちは分からないでもない。
 カルネは、世界で一番平和な土地だからだ。
 自分の一言でこの国の運命が変わるのだろう。
 YESかNoか。
「…………良いよ、教えてあげても。ただ、言い値で買ってくれるよね」
 ぺろりと乾いた唇を軽く舐め、口を開く。
「良かろう」
 相手が重々しく頷くのを確認し、ゆっくりと指を一本立てた。
「百か」
 首を横に振る。
「千か」
 また、首を横に振る。
「では、一体……?」
「一千万枚」
 人差し指を動かし、ニヤリと唇をつり上げる。
「な…っ」
動揺した気配が伝わってくる。場所が確定できるほどの。
 気が付かない振りをして、更に一言付け足した。
「金貨で」
「なんだと!?」
 相手の動揺ぶりはもの凄まじかった。
 まあ、それはそうだろう。軽くこの国の国家予算を超えている。
「国潰す気でしょ? だったらこの程度貰ってもおかしくないよね〜」
 けらけらと笑いながら言う少年の肌に、殺気が突き刺さった。
(おー… 怒ってる怒ってる)
「値段は下げないのか」
「びた一文も」
 まだ食いついてくる言葉を切り捨てる。
「分割で」
「一括現金払いでよろしくお願いします」
 更に言い募る言葉を笑顔で粉砕。
「……売る気がないと」
「値段は提示(ていじ)したよ」
落胆した様な声音に、マルクはしれっと言い放った。
値を付けた事は付けた。破格の値段だが。
「無茶苦茶な額だ」
「裏の情報は高いんだよ。世間を知らないねー」
「……力尽くでも……と言ったら」
(あーきたきた。来ると思ったぁ)
「とんずらしちゃうよ。死にたくないし」
バリエーションの少ない返答に、宙に指を滑らせながら口をとがらせる。
淡い軌跡を描きながら文字が完成されていく。
 空いた片手でマントを掴み、視界を遮るように投げ捨てた。
 素早く魔法文字を描きながら詠唱を続ける。
 マントが落ちる前に完成させるつもりだった。
「くっ、魔術師か! しかし、場所さえ」
 舌打ちするような言葉。
「割れてるんだよねーこれが。白霧(ホワイトミスト)!」
コクコク頷いた後、先程特定しておいた場所に向かい術を解き放つ。
「な、なに!?」
 悲鳴と、濃い白の煙が上がるのと同時だった。
 ぱさりとマントが地に落ちる。
 それを掴み、
「油断大敵。ホワイトミスト。別名煙幕(ホワイトエスケープ)
と言うわけでばいばーい、と言いながらマルクは大通りへと駆けていった。
 


 大通りを走りながら辺りを見回す。
 それだけに固執していたからかもしれない。眼前の人物にぶつかったのは。
「はぶ!?」
「って……」
 相手が小さく呻きを上げる。
 身長差の為に、一番酷くぶつかったのはマルクだった。
ぶつかった衝撃は後から来た。
じんわりとした痛みの後、突き抜けるような衝撃が鼻を刺す。
 顔面からぶつかったのでかなりこたえる。
「って、お前」
「に、にいひゃん。……どぉしてここに」
 驚いた声に顔を上げると、見慣れた顔にマルクは目尻にたまった涙を拭いながら呻いた。
 鼻を押さえながらだったので呂律が怪しい。
「どぉしてって、その。子供(ガキ)一人でお留守番は危ないだろ」
 黒髪を掻きながらそっぽを向く。
 心配してくれたらしいが、一言余計だ。
「むー……」
(大体、がんじがらめにした挙げ句トイレもゴハンもない危機的状況にしたのは誰なんだよ〜)
 マルクは恨み言を飲み込み、スレイを見た。
 日焼けした肌。黒い瞳と黒い髪。
 動きやすい服を着ているのは、いつもの見飽きた兄の顔だ。
 その顔が僅かに険しくなり、頭をポリポリと掻く。
 夜遊びが怒られるのか、と思いきや、
「おまえさぁ、あんま危ないコトするなよ?」
 そんな事を言ってきた。
「…………」
 薄々、感づいてるのかな、と思いながらマルクは兄を見上げた。
「ねえ兄ちゃん……兄ちゃんはこの国好き?」
 真剣な眼差しにふざける気も起きなかったのか、
「ん…ああ、まあ。嫌いじゃないな。平和だしよ。
 平和すぎるって言うのが唯一の欠点かなー」
 少々考え込んだ後笑う。
 平和ボケしたスレイの言葉にマルクは笑みを浮かべ、
「ふふ、兄ちゃん贅沢すぎ。
 そだね、ボクもこの国好きだよ。兄ちゃんとかクルトお姉ちゃんとかが居るこの国が」
「変なモン食ったのか? き、きもちわるいぞ」
 告げられた言葉にスレイが後退る。
 ぷう、と頬をふくらませ、
「あー酷い! せっかく真面目に言ったのに」
 マルクはポカポカと兄の胸板を叩いた。
 楽しそうに笑いながら。
 ――大好きだよ。みんなが居るこの国。
   多分ここが荒野になっても、この国はボクの生まれ故郷だって胸を張るんだ。
   だから、値段なんて付けられないよね。
 

《マルクのDIARY/終わり》 



《マルクの答え合わせコーナー》

 皆さん、前ページの問題解けましたか? 解けましたよねー。
 というかもう小説中でバッチリ答え言ってますが、そう、答えは!
 《ずらして読む》でした!
 二枚を重ね合わせ、透かし見ると…

 ろうはびすらどみて
 ずきあひふげろなく
 きのひうけりどやぢすとゆわえ
 けわはきご
 になります。妙に空いた行間はこのためだったんですね。
 んじゃ答えにいきましょう。

 ろうはびすらどみて=れいのばしよでまつ
 ずきあひふげろなく=じかんはひぐれとき
 きのひうけりどやぢすとゆわえ=かねはいくらでもだしてやろう 
 けわはきご=くろのかげ

 訳すると…

 例の場所で待つ。時間は日暮れ時。金は幾らでも出してやろう。
 黒の影

 になります。
 二枚一組で言葉が組上がるわけですね。
 でも、ばらけて読んでもそれなりに意味は通じたりするんだよね。
 それでは、答え合わせはこれで終わりです。皆さんご苦労様でした!
 

 




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