マルクのDIARY-1






 某月某日、晴れ。

 今日はとても良い天気。雲は真っ白で綿菓子みたい。
 空は抜けるような青空。クリアブルー。 
学園もお休み。時間はまだ正午前。
 さてさて、今からお出かけ準備開始。
 まず最初の難関は、軟禁(なんきん)状態からの脱出。
 兄弟はボクを入れて三人。ボクが一番下になるかな。
 一番上の兄ちゃんは今日も強固な鍵を付けて行ってしまった。
 もう、ボクだけお出かけ厳禁! なんてずるい。ずるいよね?
 取り敢えず脱出作戦開始! 
扉を軽く引っ張ってみる。
 じゃらりと言う音が聞こえた。この音から察するに、むこうがわには鎖が二重に絡めてある。うん、確実に。
 ちょっとだけ解錠の呪文を唱えてみた。
 小さいから吃驚されるけど、一応ボクも呪文が使えるのだ。
 褒めて褒めて。
 あう、でも今この部屋にはボク一人だった。ちょっと残念。
 気を取り直して詠唱を続ける。
 ―――音はしない。反応無し。
 解錠が出来る鍵だと、カチリと言う音がして少し扉が緩むはず。
 ということは、解錠が出来ないから……解錠が出来ないように魔術の掛かった鍵か、魔術が効かない鍵を買ったか自分で掛けたかしたのだろう。
 うぬぬぬ〜スレイ兄ちゃんの割にちょこざいな罠を。
 買うとしても魔術が付与されているだけで値段が跳ね上がる。
 一庶民であるボクの家にそんなお金があるはずもない。
 と言う事は、自分で魔術を掛けたのだろう。
でも、一番上のスレイ兄ちゃんがそんなに魔術に長けているわけでもないし、そっか、もう一人のケリー兄ちゃんに頼んだんだ。
 一番上の兄ちゃんと違い、もう一人の兄ちゃんはボクに甘い。
 だから、いつも好きなように遊びに行って良いよと言われる。
 そんなあのケリー兄ちゃんがボクを軟禁する手助けをするはずがない。
 と言う事は、上手くそそのかして鍵に魔術付与を頼んだのだろう。
 おおかた『クルトに頼まれてさー。アイツも変わってるよなー』
 とか何とか。クルト、って言うのは兄ちゃんの幼なじみ。
 それだとちょっと語弊があるかも。
 突き詰めて言えばボクたち兄弟全員と幼なじみ。
 顔も良くて、性格も良くて、ちょっとお転婆だけど可愛いお姉ちゃん。
 魔力が強くてたまーに校舎や校庭が被害に遭ってる。
 悲しい事に『変わっている』という言葉は事実なので否定は出来ない。
 浮世離れしているというかなんというか。
 天真万欄(てんしんまんらん)に見えるけど、どことなくつかみ所のない女性(ひと)だとおもう。
 ああっと、そんな事よりとびらとびら。
 今日は特に強固な鍵が付けられている。
 そう言えば、家族全員夜中近くまで帰れないとか言っていたっけ。
 …………
 ………………
 そこである事に気が付いた。
 スレイ兄ちゃん。ボクのお昼は?
 ついでにおトイレどうするの?
 飲み物は?
 辺りを見回しても、それらしきモノはない。
 追記するとすれば、トイレも部屋から離れている。
 勿論、厳重な扉の向こう側。
 に、に、にいちゃんの大馬鹿あぁぁぁぁぁ。
 全くなにも用意されてなかった。
 その時の事を思い出した為にちょっと文字が斜めになった。
 ついでにインクがにじんだ。読みにくい。
 まあ、その辺りは気にしないで欲しいかも。  
 それはともかく、ボクはどうしてでも扉を開けなくてはならなくなった。
 後々の事を考えると色々と死活問題である。
 飲まず食わずで丸一日過ごす、なんて拷問を素直に受け入れたくはない。
 じっ、と鍵を見る。戦闘前の様な緊張感。
 この鍵が、魔術を跳ね返す性質なのか、弱める性質なのか、はたまた取り込む性質なのか。それを見極めなければならない。
解錠の術が跳ね返ってきた所で、痛くも痒くもない。
 困る事があるとすれば、鍵付き日記や貯金箱が開いてしまう事くらいかな。
 だが、力尽くでと言った時にそれが発動すると危険。
 でんじゃらす過ぎる。
 多分鎖を断ち切る為に鉄くらい切断出来る魔術を使うだろうし。
 そんなモノが跳ね返ってきた日には……
 ああ、考えただけで目眩が。ボクは気が弱いんだよー。
 いたいけな男の子を軟禁するなんて。今度兄ちゃんの名前を危険人物及び幼児虐待、監禁という数々の行いと共に記して役所に届けた後クルトお姉ちゃんに渡してやる。
 そんな決意を固めながら、ゆっくりと鑑定する。
 口に軽く髪留めのピンをくわえて、じーっと眺める。
 このピン? うん、色々と役立つから。色々と。 
触れれば何とか解錠出来そうな感じだ。
 指を伸ばし、扉の隙間に差し込む。
 幾らボクの指が細くて小さいからと言っても、やっぱりこの隙間じゃ無理らしい。
 そこで、このピンの出番である。
 ボクの指は入らないけど、このピンなら……
 折り曲がっているピンを引き伸ばすと、二倍程の長さになる。
 それをゆっくり差し込むと、固い手応え。
 どうやら鎖に届いたらしい。
 えいやっ、と心の中でかけ声を入れて集中する。
 声は出さない。恥ずかしいし、虚しいんだもん。
魔力をピンに行き渡らせ、それを鎖へ伝える。
 そう、ピンの役割は伝導管。
 本当は何でも良いんだけど、ピンの方がやりやすい。ボクの主観だけど。
そして、該当する呪文を唇の中で唱えて、フィニッシュ。
 軽く扉を動かす。
 少々大きな音を立てて、鎖が地に落ちた。
 よーし。やったね!
 と、言いたい所だけど……まだまだ何重にもあるらしい。
 ふえーん。兄ちゃんのアホー。
 ボクの試行錯誤はもう少し続きそうだった。

 




記録  TOP  進む


 

 

inserted by FC2 system